黄金林檎と非時香菓

「姫尊!それはいったいどういう……」


「ここにあるけん。ばりふるびとうばってん」


姫尊は着物の袖を叩いて、むふーっと主張する。


「そのようなことは聞いておりませんが、」


「言うとらんけんね!」


鹿鳴は胃を抑えながら、それでも聞かなければならないため姫尊の耳元へ屈みこそこそ話をする。


「陛下には」


「勿論知らん、ただん舶来品やて思うとったけん」


人形師はマナーとして会話から視線を逸らし、ダイヤモンドの宝石人形に林檎とオレンジの風味が入ったマドレーヌを持ってくるよう指示する。


鹿鳴は懐から菊花の模様が入った懐紙を取り出し席を立つ。


「人形師殿、急用ができましたので少し中座させていただきます」


「お戻りの際はこのダイヤモンドの宝石人形に声をかけてください」


「重ね重ね申し訳ない。姫尊くれぐれも、」


「わかっておる」


「では鹿鳴様を外までご案内して」


人形師はダイヤモンドの宝石人形に鹿鳴を敷地の外まで案内させ、境界のアーチ付近で待機するよう指示する。

鹿鳴は最後まで心配そうに姫尊を見ており、人形師は少しだけ微笑ましい気持ちになった。


姫尊はというと、お茶請けのマドレーヌをちんまりとした口でもって遠慮なく食べている。


「非時香菓んごと甘か~」


「お気に召しましたか」


庭で取れるなんでもない林檎とオレンジを使うことで、神魔性に馴染みのないと考えていた異国人用に焼いておいた、ただのマドレーヌ。

それをおいしいと評価されて、精菓職人ではないただの素人ではあるが人形師はひそかに喜んだ。


「うむ。信頼の味たい」


「しんらい?普通のマドレーヌですが」


「遠方のまず交わることのない国々が初めて対等に手を取り合った。まさしく今日にぴったりの菓子たい。とぼける必要なかよ」


なんでもないようにもぐもぐと頬張る様子は童女らしいが、言動との不一致に姫尊の底知れなさを人形師は感じる。

人形師は人間の客人相手の応対をやめ、少し踏み込んだ姿勢に変える。


「てっきりこちらの文化を吸収されるのかと思ってました」


「おんしらが先立てこなたへ分け入りけれぞ?」


「おんし……?えっと、」


姫尊は人形師に伝わるように言い直す。


「先にそちらん文化ば広めようとしたやなかか?……あれは300か400余年前やったか」


「その世代は普通の人間なら死んでますね」


普通の人間とは言い難い数人の顧客と知り合いを思い当たるが、人形師は黙っておくことに決めた。

姫尊は林檎とオレンジのマドレーヌを2つ摘み上げる。


「こん菓子んごと領分ば犯すことのう、交わることができりゃあそれでよかよ」


そのときの姫尊の表情は受容を体現するかのようで、童女の無垢さに近しい物を感じるが瞳の揺らめきにははっきりとした自信が伺える。

高貴な身分であるが故の自国への信頼、あるいはプライドだろうかと人形師は気圧されながらも結論付けた。



「鹿鳴様は宝石人形に興味がおありでしたので、失礼致しました」


「あれはただの少女趣味やけん。そやった、こん話ばしに来たんや」


にぱっと笑って姫尊は着物の袖、というよりは濃い霧の中から実体を表すように宝石人形を出した。




そこにあったのは、小さく真っ白な珊瑚の宝石人形だった。

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