童女と外交官と人形師

「吾が傀儡師かへ?」


小さな女の子が水中のようにふわりと水牛車から飛び降り、興味津々といった様子で人形師に近寄ると、人形師へ訪問の挨拶をしようとしていた新聞の男の表情は儀礼のような感情の読み取れないものから明確な焦りに変わった。


「出てきてはなりません姫尊!」


「よいではないか、鹿鳴は心配性じゃの」


「なりませんたらなりません!異国の地で市井の人を害しでもした外交問題ですぞ!ご自分の御立場と御力をご自覚ください」


姫尊と呼ばれケラケラと笑うこの童女は、どうやら慌てて諌めている鹿鳴と呼ばれた新聞の男より身分が上らしい。

人形師は貴人というのは彼女のことを指していたのかと、驚き半分で納得した。


忠言を無視してこちらに近く童女は、絹と活玉依姫の糸からなる水色の色留袖をしゃんと着こなしいている。五つ紋の色留袖に菊霧紋が入っており高貴な身分であることがわかる。

裾には七宝や束ね熨斗を載せた宝船が染め抜かれておりこの童女の新たな旅立ち、彼らは東の国から外交でこの国へ訪れたことから、ここでは旅路安全と両国の健やかな未来への願いが込められているのだろう。

七宝繋ぎに織られた帯はふくら雀に結ばれており、豪奢ながら童女らしさを損なうことなく品よく纏められている。


東の国の文化に疎い人形師からみても途方もなく高貴な身分の正装とわかるその出で立ちに、人形師はどうしたものかと思いながら、自分は傀儡師ではなく宝石人形師見習いで、申し訳ないが異国の古語には明るくないと答えた。


すると、童女は一瞬考えこむそぶりをみせてこう言った。


「人形師は古か言葉で傀儡子師ばい。異国ん人形師がおるて聞いて、興味あったけん来たっちゃん」


多少異国訛りがあるが現代の共通語で話す童女は人形師の周りや家の外装、庭を見回り始めた。

童女はガーデンノームや庭に住み着いている妖精たちからは好意的に迎え入れられ、きゃらきゃらと好奇心の赴くままに遊び回っている様子から、人形師は童女をあまり害のない存在であると認識した。


「姫尊は言い出したら頑として曲げない御人で……。大変ご迷惑をおかけしますが天災に遭遇したと思ってどうかお付き合いを、こちらをお納めください」


鹿鳴は日向奥漆の艶やかな小箱を申し訳なさげに渡してきた。

縦に深く刻まれた眉間の皺から、鹿鳴が苦労人であることがわかる。


人形師はどうも、といって受け取り鹿鳴にひとつ提案する。


「よろしければ家でお待ちますか」


「それは有り難いお申し出だ。ですが姫尊から離れるわけにはいかないのです」


「でしたら、そちらのガゼボはいかかがしょう」


「ご配慮いただき有り難い。ではお言葉に甘えましょう」


人形師はすでに防油衝撃避け外出着兼夜の正装として、黒のイブニングドレスと白のグローブを着せたダイヤモンドの宝石人形に、3人分のノンカフェインハーブティーを淹れるよう指示する。

ダイヤモンドの宝石人形の装いはいつもの通り、イブニングドレスは衝撃避けの魔法を練った糸、肘まであるグローブは水鳥と兎のモチーフが刺繍された防油用のものである。ちなみに、この外出着は布地が長いため元の魔法の効きが強く、魔法を増幅させる魔法はかかっていない。


鹿鳴を一応の体裁は整っているがかなりこじんまりとしたガゼボへ案内し、おもむろに話を切り出した。


「手紙を頂き大変驚きました。異国ではあのように手紙を出すのですか」


「いやはや驚かせて申し訳ない。あれは祈り鶴という簡単な神術で……こちらでいうところの魔法みたいなものでしょう」


「神術ですか、そのような理外の理があるとは知りませんでした。異国には便利な力があるのですね」


「いや、貴国も素晴らしい。様々な理を柔軟に絡ませてながら調和のとれた品々に驚くばかりだ。いくつか貴国の傑作を拝見したが、なかでも宝石人形は一目みたときから心奪われてしまった。貴殿には本当に申し訳ないが、今回ばかりは姫尊の我が儘に感謝している」


「そこまで言っていただけるのは光栄です」


「……ちなみに、ここでは新しい宝石人形は取り扱っているのだろうか」


「私は見習いでして修理屋はできますが、宝石人形を一から作りだすことはできません。現在売られている宝石人形はアンティーク品が会員制オークションで時折競売にかけられるくらいです」


「やはりそうなのか、残念だ」


やっぱりかといった表情で人形師を困らせないように薄く微笑む鹿鳴に、宝石人形を純粋に欲しいと言ってくれる人の希望を応えられない悔しさから固く手を握りしめる。





「そん心配はなかぞ鹿鳴」


「姫尊!?」

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