ホルン印の速達と新聞男

一方的な訪問の通告を受けダブルブッキングになってしまった仕事に人形師は頭を悩ませていた。


人形師は昨日の間にルビーの宝石人形のドールマスターであり戦場の乙女という異名を持つアリ宛に、前の仕事によって定期メンテナンスの時間に遅れる可能性があると手紙をしたためた。

宛名書きした人物以外の開封を弾くアマゾナイトのジュエルパウダーを練り込んだ蝋でしっかりと封蠟した後、繁殖されたホルン印のヴェズルフェルニルを郵便ギルドから借りて出した急ぎの手紙に、了承と自分も警護に駆り出されて遅れる可能性があると返事が来て人形師は一安心したが折り鶴手紙の主への評価は最底辺であった。


宵星の頃こちらに来るとのことなので、人形師は貴人の情報を集めようと新聞を購入した。

といっても、手紙を届けるヴェズルフェルニルを借りるために訪れた郵便ギルドへ卸しの少年が偶々居合わせた故の思いつきである。


人形師はルビーの宝石人形の定期メンテナンス準備に加え、不躾な手紙とはいえ宝石人形師のプライドをもってして可能な限り要望に応えるための準備作業の合間に、休憩がてら読んだ新聞では一面に二人の男が握手する姿と『東国と同盟成立か?』の文字がでかでかと書かれている。


「貴人というのは恐らくこの男か。……蒐集家なら宝石人形の話をいくつか聞かせてお帰り願う方向にしよう。珍しそうな宝石を数点見繕っておくか」


人形師は暖炉の吊るし釜から立ち昇る落星の煌めきと夜空色の煙量が一定であることを確認しつつ、鍵束を取り出しマホガニー材でできた巨大な宝石箱のなかでも鍵付きの引き出しを開ける。


この宝石箱のなかには神魔性を帯びた宝石が整然とと並べられていた。

半分以上は神魔石彫刻師だった人形師の祖母から譲り受けたものだが、一時期宝石人形の核について研究実験用に集めたものもある。

核については神魔石が使われていないことがだけはわかったが、結局は振り出しに戻っている。


ここにある神魔石は多少神魔性を帯びた程度の無機物であるためそれ単体では危険性はないが、使い方によっては家どころか街が吹き飛びかねない代物もある。

実際に人形師は核の研究実験の初回実験で家を半壊させたのち、3回ほど家を吹き飛ばしたことがある。

そのため、このなかでも比較的危険がなく通常の宝石より鮮やかな色彩や条件によって2色以上の色に変化する多色性変色性をもつ宝石に目星をつけていく。








人形師にとって、宝石箱は大掃除中に出てきたアルバムである。

今日は外出して忙しかったこともあり、普段なら何でもない宝石箱が人形師には殊更輝いて見えたのだ。


ダイヤモンドの宝石人形の数度目かの催促で人形師は宝石箱から意識を逸らし、日はすでに落ち宵星の頃になっていることに気づくことができた。

人形師は不味いと思いほったらかしていた暖炉の吊るし釜に目をやると、暖炉の火が消えているのをみつけた。

よくできた助手である。



人形師が何の気なしに小窓から庭を眺めると、薄く霧がかっているのが見えた。


上空は宵星が美しく輝く雲ひとつない星空で、植物に水滴もついていない。

自然由来ではないそれに、人形師は神か魔に属するもののいたずらではないかと考え始める。


「雨の妖精の仕業か?あるいは霧の巨人ヨトゥンが近くまで来ているのか、これから来客だというのに面倒な」


次第に濃さを増していくそれに、人形師は苛立ちと少しの恐怖を覚えつつ外の景色を隠すようにカーテンを閉めた。



途端にベルの音が鳴る。


タイミングの悪さに人形師は一瞬だけ身震いして、例の貴人が来たかと思い人形師が扉を開けると、


「宵星遅くに失礼する」


そこには新聞に載っていた男がいた。

東の国の民族衣装を着た姿は人形師にとって珍しいものだった。


しかし、人形師の目線は男の後方に向けられている。




そこにいたのは、水牛引きの牛車から顔を覗かせる小さな女の子だった。

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