裏切る魔物と欺く怪物。

音佐りんご。

涙を流す準備をしておくと良い。

 ◆◆◇◇◆◆


  檻の中にノルツ。

  足音が近付く。

  鉄格子の前にギリアス。


ギリアス:気分はどうかな、ノルツ?

ノルツ:ギリアス……! お前はいつから――

ギリアス:いつから気付いてたのかって?

ノルツ:…………。

ギリアス:いやいや、私は気付いてなかったよ。

ノルツ:だったらどうして!

ギリアス:君がダナテオを裏切ることになんて気付いてる筈ないじゃないか。君が彼の亡国の残党だったなんてそんなまさかだよ。レンイルツ・ハイリ・エウラ第四王子?

ノルツ:お前、そこまで……!

ギリアス:いいや、これはつい最近知ったことさ、本当だよ。

ノルツ:どうだかな。

ギリアス:親友を疑うのは良くないよ、ノルツ?

ノルツ:どの口がそれを言う! クソ野郎が!

ギリアス:ふむ、どうやら気分は優れないようだね。いやいや、心が痛むね。君のそんな姿を見ていると。君は笑っている姿がとても似合うのに。

ノルツ:心にも無いことを言うなよ、怪物。

ギリアス:心なき怪物か。そうだね、僕は英雄だなどと呼ばれるただの怪物だ。親友を引っ立て、処刑台に送り、剰え、自ら手を下そうと言うのだから。これを怪物と言わずして何という? しかし、私の認識では、紛う事なき殉教者だ。私と君の友情へのね。

ノルツ:……狂信者の間違いだろう。

ギリアス:ふふ。そうさ、友情を狂信しているとも。けれど君も魔物だ。だからこそ私と君は親友だった。深いところで共振しうる親友だ。違うかな?

ノルツ:ギリアス。言っておくが、俺はお前のことを友達だなんて思ったことは一度も無い。

ギリアス:思い合うことが親友の条件と君はそう思うのかな?

ノルツ:さぁな。

ギリアス:だとすれば私と君は間違いなくそうさ。私は、君のことを親しみを込めて思っている。ノルツ。君もまた、違う形で私のことを思ってくれているのだろう?

ノルツ:憎しみを込めて。

ギリアス:似たようなものさ。

ノルツ:似ても似つかねぇよ、反吐が出る。

ギリアス:私と君は似たもの同士だよ。同志と言っても過言では無いね。

ノルツ:虚言だろ。

ギリアス:いやいや、狂言だねノルツ。君はすっかり私達を騙していたんだから。

ノルツ:お前だけは騙されなかったみたいだけどな。

ギリアス:いいや、騙されていた。夢見心地だったさ、君との私達の冒険の日々は。だから言ったろ? 君が裏切ることになんて気付かなかったと。

ノルツ:それこそ狂言だろ。お前は騙されたフリをしてた。あの馬鹿共に倣って。

ギリアス:仲間のことはそう悪く言うものじゃ無いよ。彼らはとっても良い奴らなんだよ。正直だし。

ノルツ:かも知れない。祖国を滅ぼした仇でなければ、な。

ギリアス:そう信じていたわけだ。まぁ、疑うのは良くないと言ったけど、あまり信じ過ぎるのも良くないよね。

ノルツ:それが、俺の生き方だ。全ての仇を根絶やしにする復讐者だ。

ギリアス:素敵な大儀だ。そしてそれが君の死ぬ理由だ。

ノルツ:そのことに不服は無い。ただ、エウラの民がそうされたように、お前らを皆殺しにできなかったことだけが心残りだがな。

ギリアス:健気だね。ノルツ。けれど君は甘いね。

ノルツ:何がだ。

ギリアス:全てが敵だと言う君の口は、心は、けれど私のことをそうとは疑わなかった。

ノルツ:お前は敵だ。

ギリアス:今はいくらでも言えるさ。でも実際は、私が君のことをこんなにも見ているとは思わなくて、そうすべきなのに疑いきれなかった。それは何とも……素敵なことだとは思わないかな?

ノルツ:思わねぇよ。

ギリアス:それは残念。

ノルツ:思うのは、お前なんかに出し抜かれた己の馬鹿さ加減に嫌気が差すってことくらいだ。もっと、俺は冷徹になるべきだった。

ギリアス:それはどうだろうね?

ノルツ:何が言いたい。

ギリアス:逆に君の心がもっと温かければ、と私は思うよ。

ノルツ:それは無理な話だ。

ギリアス:残念だよ。私はいつも君のことを考えていたのにね。

ノルツ:俺のことだと?

ギリアス:ああ。私は用心深い性格でね。

ノルツ:ずっと俺に睨み利かしてたヤツが何を今更。

ギリアス:そうだね、それはでもお互い様さ。公平だ。

ノルツ:公平だと?

ギリアス:そうだね、君が裏切ったことも、裏切った君を私が笑って許すことも公平だからこそできることだよ。たとえそれで何故か君が怒り出すとしても、私は不公平だなんて思わないよ。

ノルツ:お前の考えは理解できない。

ギリアス:私は君のことを君以上に理解しているけれどね。

ノルツ:っは、そいつは何とも不公平なことだ。ずっとお前のことは気に入らねぇとは思っていたが、まさかお前が覗き魔だったとはな。

ギリアス:裏切り者の君と並ぶとそれこそお互い様って感じだと思うけれどね。

ノルツ:言ってろよクソ野郎。

ギリアス:心ない言葉だねぇ、私だって傷つくんだよ。

ノルツ:そうは見えないけどな。

ギリアス:見せないようにしてるのさ。君が必要以上に責任を感じて傷ついたりしないように。

ノルツ:俺の責任はお前なんかの為には無い。

ギリアス:ただ祖国に殉じることが君の責任かい? そう言わずに一度考えてみて欲しい、私の気持ちを。

ノルツ:気持ち悪いこと言うんじゃねぇ。俺とお前の間に何か特別な繋がりがあるとでも?

ギリアス:あるさ、私と君は今まで一緒に頑張ってきた。第三国アヴァルタスの脅威を打ち払い、辛いことも楽しいこともたくさん経験した。遠きいつかの日に、私達は将来だって語り合った。あんなに心を通わせあった、それは特別だろう?

ノルツ:ありふれた狂言さ。俺はそんなもんいくらでも踏みにじってやる。

ギリアス:何のために? 私と君の友情の為かな?

ノルツ:そんなわけ無いだろ。俺の正義のためだ。

ギリアス:ふふふふふ。正義か。それは友情よりも重いのかな?

ノルツ:少なくともお前の口から溢れるその言葉よりは遙かに重い。

ギリアス:そうさ。私の言葉は風のように吹き抜ける。……なんてね。

ノルツ:勝手に吹かしてろよ。軽薄野郎。

ギリアス:そう。私はそういう風に振る舞ってきた。しっかりと仲間に見えるように。裏切り者の君、ではなくこの私が。

ノルツ:下手な芝居だ。

ギリアス:私は君ほど芸達者じゃぁないからね、王子様。何度も言うが、私は君を疑ってた訳じゃない。それどころか信じていたさ。本当だよ。安心して欲しい。

ノルツ:俺が今こんなところに繋がれてるのを思えば、何の保証にもならない安心だ。疑えと言っているようなものだ。

ギリアス:それは君の行いの結果であって、私の責任では無いけれどね。

ノルツ:耳の痛い話だな。

ギリアス:私だって心が痛い。君と繋がれるべきは私の心であってこんな薄汚い牢屋じゃ無い。それに私は君のことを信頼していたし、信用していたんだよ。

ノルツ:俺はそれを裏切った。

ギリアス:実際君はいい奴だったし、正直好きだったかもしれない。いや、今でも好きだよ。どうして袂を分かつことになったのかなんて想像もつかないね。

ノルツ:聞くに堪えんな。俺はお前のことが嫌いだ。この世の何より嫌悪を催す。好きだと口では言いながら、簡単に切り捨てられるお前のような怪物が。

ギリアス:裏切るために真っ当に仲間を嫌おうとした健気な君が言えばその痛みも一入だが、甘んじて受け入れよう。けれど一つ訂正するなら、決して簡単なんかじゃ無い。心苦しい限りだよ。心優しいモニカが、勇敢なアレクテスが、常に場を和ませてくれたデリアが、君に想いを寄せていたクラウネリーが、君に裏切られ無残に殺されたのも、その君を裁くというのも。

ノルツ:なら、黙って殺せば良かっただろう? あいつらが死ぬことになる前に。アヴァルタスの王を討ったあの時、お前はわざわざ俺が裏切るのを待った。そして俺があいつらを手にかけるのをみすみす見逃した。俺は確かにあいつらを皆殺したが、お前はあいつらを見殺しにした。モニカを殺した時、お前はその様子を黙って見ていた。アレクテスは無理でも、お前ならあの時デリアは、クラウネリーは助けられたんじゃ無いか? なのに手を出さなかった。それが裏切りで無いと言えるのか、お前は。

ギリアス:それは買いかぶりだな。ノルツ。

ノルツ:被っているのは羊の皮だろう、怪物。

ギリアス:僕は混乱したんだよ、そして反応が遅れた。君が裏切るなんて思わなかったからね。

ノルツ:そいつは聞き飽きた。でも違う。

ギリアス:違うとは?

ノルツ:お前はいつも考えていたんだ。

ギリアス:何を?

ノルツ:俺のことを、いや、俺達の思考を行動を。

ギリアス:そうだね。

ノルツ:そして、俺が。俺が裏切るとしたら今ここしかないと思った。勝利を確信し、お互いを讃えあって、満たされた状態の、緩みきった意識を貫いて、その命を奪おうとするってな。

ギリアス:ああ、君ならきっと後ろからくるだろう。私達にそうと悟らせずに殺しにくる、って。

ノルツ:それは気付いていたのと何か違うのか?

ギリアス:違うね。全然違うさ。

ノルツ:それがお前の下らない言葉遊びじゃないとするなら、お前の本当の目的は何だ?

ギリアス:目的かぁ。それを知ってどうするのさ。

ノルツ:復讐を悟りながら、予期しながらそれを見逃す意味が分からない。

ギリアス:気付いてたなら止めることも出来たって?

ノルツ:奴らが殺されることに何の得がある。お前が仲間の死で悲しむかどうかは知らんが、

ギリアス:悲しいよそりゃ。

ノルツ:少なくとも仲間を失うのはデメリットだ。奴らが有用な戦力であることは確かだ。

ギリアス:だから君は殺したんだものね。

ノルツ:一人、殺し損ねたがな。お前だけは絶対に殺しておくべきだった。

ギリアス:そうだねぇ。君はまず私から殺すべきだった。

ノルツ:その後、他の奴らに殺されるのは確実だが、それでもお前だけは殺しておかなければならなかった。

ギリアス:そうと分かっていながら、そうしなかったのは君のミスだ。君は私に、裏切りにいつから気付いていたかと問うたけれど、逆に問おう。君は私のことにいつから気が付いていたのかな。

ノルツ:決まっている。

ギリアス:決まっている、ね。

ノルツ:お前と初めて出会ったあの時からだ。

ギリアス:思い出すね。まだ、君は幼かった。幼い瞳に不思議な色を宿した少年だと、子供ながらに思ったものさ。なんて素敵な魔物なんだろう、とね。

ノルツ:あの頃からお前は怪物だった。

ギリアス:そうだね。けれどそう、疑いの火種を君は放置したんだ。君は。与しやすしと思ったか、或いは同じに見えたのか。

ノルツ:同じだと?

ギリアス:君と私は同じだよ。鏡合わせのようにね。

ノルツ:笑えない冗談だ。

ギリアス:笑える現実だよ。

ノルツ:……そうか、あの頃からお前は。

ギリアス:ふふ。

ノルツ:お前は俺が裏切るとは思わなかった、けど確信していた。そしてあいつらの死は織り込み済みだった。

ギリアス:ああ、そうだね、合っているよ。合っているとも。私は彼らを裏切っていたさ。もちろん、君のこともね。

ノルツ:最初から仲間のつもりなんてねぇよ。あいつらのことはさておきお前だけは純然たる敵だ。

ギリアス:言ってくれるね。私は君のことを今でも仲間だと思っているのに。悲しい、ああ、悲しい悲しい、悲しいよ。けれど、私は仲間より大事なものを知っているから、へっちゃらさ。

ノルツ:お前の目的は、正義か?

ギリアス:正義。いいね、素敵だね。けれど、いいや違うね。世界さ。

ノルツ:大きく出たな。世界だと?

ギリアス:世界の秩序を守るために私は戦ってるんだ。

ノルツ:その為なら、仲間の死は許容できると?

ギリアス:仲間の裏切りも、もちろん自らの裏切りもね。

ノルツ:お前はクソ野郎だよ。仲間と欺いたやつらを直接手に掛けた俺よりも尚、クソ野郎だ。或いはお前の背後で糸を引いている奴らよりも穢らわしい、最低最悪のゴミ虫だ。

ギリアス:そうさ、私はクソさ。常に最悪でなくてはならない。

ノルツ:何がお前をそこまでさせる、ギリアス。

ギリアス:全ては筋書きの通りさ。

ノルツ:筋書き?

ギリアス:私は常に最悪のシナリオに従って行動する。私が死んでしまったり、私以外が死んでしまうこと、それに裏切り。全てを見通した中でも、最も感触の悪いモノを選び取るようにしているんだ。

ノルツ:何のために。

ギリアス:餓えた時に食らう一かけのパンが。渇きの中で飲み干す泥水の一滴が、死屍累々の中でつかみ取る一縷の望みが、世界をこれ以上無い程に輝かせる。

ノルツ:随分とち狂った享楽だな。

ギリアス:けれどそれが秩序さ。

ノルツ:どういう意味だ。

ギリアス:この世界に止まない雨は無く、日照りはいつまでも続かない。希望に満ちた世界はやがて絶望に染まり、絶望に染まった世界はやがて希望に色付く。ただそれだけのことだよ。

ノルツ:俺はその狂った秩序に利用されたって訳だ。

ギリアス:ありがとう、ノルツ。君は親友だ。私のためにこんなにも汚れてくれたのだから。仲間の死と悲しみを私に背負わせてくれたのだから。その献身に報いるために私は私のやるべきことをやり遂げなければならない。ああ、だから、心から残念だよ。ほんとに。

ノルツ:……クソが。

ギリアス:そんな悲しい顔するなよ。君の泣き顔なんて私は見たくない。私は君の笑った顔が好きだったんだよ、ノルツ。

ノルツ:ふん、笑えないな。

ギリアス:そうだろうね、君は笑えないだろう。滅び行くエウラから落ち延び、復讐をその眼に宿して地獄を歩んだその旅の見納めがこんな世界じゃあ、笑えるはずが無い。悲しい、悲しいよ私はね。君の、親友のそんな姿は見たくない。


ノルツ:…………!

ノルツ:最後に教えろ、ギリアス。

ギリアス:うん? 何なりと、王子様。

ノルツ:お前は、これから何をするつもりだ。

ギリアス:何を、何をか。あは、あはははは。

ノルツ:何を笑ってる。

ギリアス:……君はもう気付いてるんじゃ無いかな? 秩序だよ。全てはね。

ノルツ:ギリアス、お前は……!

ギリアス:私は君の親友だ。けれど、君がそうじゃ無いと言っている限りは親友では無いのだろうね。親友を処刑するのは心が痛むから助かるよ。

ノルツ:そうだ、お前は友達だなどと思ったことも無いクソ野郎だった。

ギリアス:君がそう言うなら間違いないよ、我が美しき国ダナテオに紛れた薄汚れた野犬。

ノルツ:でももしもだ、ギリアス。

ギリアス:全てを憎んだ亡国の王子と、

ノルツ:全てを奪った仇の国の英雄。

ギリアス:裏切り者と、

ノルツ:処刑者。

ギリアス:魔物と

ノルツ:怪物。

ギリアス:そんな二人がもし仮に、

ノルツ:親友にでもなったとしたら、

ギリアス:それは荒野に雨が降るごとく、

ノルツ:それは虚飾の都の滅ぶがごとく、

ギリアス:憎しみは愛に変わるだろう。

ノルツ:ギリアス・アーモリー。

ギリアス:ああ、レンイルツ・ハイリ・エウラ、気分はどうかな?

ノルツ:最低だ。お前はいつから?

ギリアス:もちろん、出会った時からさ。

ノルツ:お前はとんだ嘘吐きだな。

ギリアス:君を笑わせるためならどんな嘘だってつくよ。それが私の享楽だ。

ノルツ:死にゆく俺に、お前は何を見せようと言うのか。

ギリアス:とても悲しいものさ、絶望すると良い。

ノルツ:……く、くくくく、あはははははははははは! クソ野郎が! この裏切り者が!

ギリアス:ふふふふふ。処刑台の上で君は未だかつて誰も見たことの無い絶景を、その美しい瞳に映すことになるだろう。涙を流す準備をしておくと良い。ノルツ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

裏切る魔物と欺く怪物。 音佐りんご。 @ringo_otosa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ