第9話

 「結局、式が終わっても来なかったな。奈純。」

 陽はあんなに緊張していたというのに、奈純が来なかったことに誰よりも落ち込んでいる。


 「まあ、しょうがないだろ。連絡も取れないくらい忙しい仕事なのかもしれないし……。」

 光紀はみんなを慰めながらも、落胆を隠せていない。


 「幸せなら、いいの。陽の結婚式、見たくなかっただけかもしれないでしょ?」

と、無理に冗談めかして笑う明音。


 幸せな日のはずなのに、みんなの顔は暗い。


 「連絡が取れたことだけでも喜ぶべきなんじゃない? きっと元気でやってるよ!」

 そう、生きていることが確認できただけでも充分なんだ。これ以上は望むまい。




 ピリリリリ。ピリリリリ。


 「あ、ごめん、俺だわ。署から電話。」


 光紀はおそらく仕事用であろうスマホをいじり電話に応答する。

 「はい。はい。え?」

 何か事件だろうか、光紀の顔色がどんどん悪くなっていく。


 電話を終えた光紀は、青い顔でふらふらと戻ってきた。


 「光紀? どうしたの?」

 明音が不安そうな声で尋ねてくる。みんなに不安が伝播していた。


 「今、署から電話があって……。事件だって、山で女性が男と揉み合いになって、崖から落ちたって……。殺人事件らしい。」

 この地域は他の街に比べて治安が良いことで有名だ。血濡れた話なんて滅多にない。それが今、起こったという連絡があったのだ。顔が真っ青になるのも無理はない。


 みんなの気遣わしげな視線のなか、泣いたところを他人に見せたことがない光紀が、涙目で明音たちを見つめている。


 「え? 何? どうしたの?」

 沈黙の中、明音の声だけが響く。


 「被害者女性の、名前がっ! 被害者女性が、秦奈純、だって……。」





 当たり前の幸せを、願うことさえ許されない。

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眩しすぎる太陽 千蘭 @sennrann

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