第8話

 「奈純、遅いね。」

 昼食が終わっても姿を見せない奈純に、四人全員が落胆を隠せないでいる。


 「ま、昔からそういうとこあったもんな。奈純って真面目なのに時間は守んないこと多かっただろ。」

 主役二人まで暗い顔をしているのを見て、光紀は思い出話を始めた。無理な方向転換だったが、全員落胆しすぎていて指摘される様子はない。


 「あったあった。時間に追われるのが嫌い、とか言って課題の提出期限とか破ってた。」

  話を広げたのは意外にも明音だった。こういうところで空気をぶった斬る性格の明音が気をつかうくらい、今の空気は最悪ということだ。


 「まあ、音信不通とはいえ生きてるわけだし、元気にしてくれていればそれで……。」

 諦めにも似た陽の言葉に、誰も何も言えなかった。




 「ハァ、ハァ、ハァ……。あいつ足速すぎねえ? なんか小雨降ってきたし! 十六夜、回り込めるか? 二人で挟もう。今あいつは必死すぎて追っ手が何人いるか把握してない。」

 捕縛対象を見つけたは良いものの、鬼ごっこには向いていない地形を利用されて上手く捕えられない。懸念していた小雨が降ってきたこともあって、繊月はどんどん荒々しくなっていた。


 「分かった。この先は獣道だから気をつけてよ繊月。冷静さを欠くな。」

 このまま二手に別れるのは正直に言えば不安だが、他に手がない。

 隊長らしく注意して、十六夜と繊月は別の道を走り始めた。


 繊月の作戦通り、捕縛対象は十六夜が回り込んだことに気付いていなかったようで、急に目の前に現れた追っ手に動揺を隠せていない。

 このままなら簡単に捕まえられる、と捕縛動作に移った十六夜に、対象は一か八か突っ込んできた。


 ズルッ。


 ガッ。ガッ。ガサガサッ。


 ドサッ。


 「十六夜っ!!!!!」


 普段の十六夜ならば、よろけもしない程の弱い弱い力だった。

 雨が降っていたから、足をついたのが苔が生えた岩だったから。最悪の条件が揃いすぎていた。十六夜はあっけなく崖から転がり落ちた。


 繊月が覗きこんだ時、十六夜は横たわったままぴくりとも動かなかった。






 体に力が入らない。視界がぼやけて何も見えない。ナニカが頭から流れ出ていく感覚が気持ちわるい。

 繊月が必死に私を呼ぶ声だけが鮮明に響いてくる。

 そっか。私は危ない状態なのか。そっか……。


 結婚式、行きたかったな……。みんなに笑顔で久しぶりって言って、陽の結婚を祝って、思い出話をたくさんして……。

 陽のお嫁さんにも会ってみたかったな。きっととっても素敵な人なんだろうな。


 死ととなり合わせの仕事だって、ずっと覚悟を決めていたはずだったのに。

 まだ、まだ……。生きていたい。


 でも、行かなくて良かった。きっとあの頃みたいに笑えなかった。汚いことを全部飲み込んで、愛想笑いすることだけが上手くなっていった汚い私なんて見ないで欲しい。


 これは、罪人とはいえたくさんの人を地獄へ落とした私への罪?

 それとも、やりたくもない事をずっとしていた私への救い?


 どっちなのかなんて、もう考えられやしないけど。




 「陽、幸せになってね。明音、いつまでも可愛い笑顔で笑っててね。光紀、みんなのまとめ役頑張ってね。あの頃みたいに、ずっと一緒にいられれば良かったな。」


 当たり前の幸せが、欲しかっただけなのに。

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