白馬の菓子

藍条森也

白馬の菓子

 それは白馬に乗ってやってきた。

 親父の入院している病院の玄関口へと。

 親父の好きだった菓子だ。

 食糧危機と燃料費の高騰こうとう

 そのダブルパンチに見舞われて市内での輸送手段が車から馬になってからもうけっこうたつ。

 馬なら車とちがってガソリンは食わない。そのかわり、廃棄はいきされる食糧を食ってくれる。日々、排泄されるふんは肥料となって食糧の循環に役立つ。歳をとって輸送用として使えなくなれば肉にして食用にも出来る。

 食糧危機と燃料費の高騰に見舞われた世界においてはうってつけの存在というわけだ。

 『車は、馬とちがって糞もしないし、ひっめの音もしない。クリーンな乗り物だ』

 そんなことを言われていた時代があることを思うと、まさに隔世かくせいの感だ。

 が、まあ、いまのおれにはそんなことはどうでもいい。

 代金を払い、菓子を受け取る。

 菓子の名前は『白馬の菓子』。名前そのままの白馬の形をしたまんじゅうだ。

 「……家にいた頃の親父は、これをしょっちゅう食ってたからな」

 足腰が弱って歩けなくなり、認知症もひどくなった。とても家では世話できなくなり、施設に入ってもらった。以来、施設と病院を行ったり来たり。こんな菓子もすっかり食えなくなってしまった。

 いまになって医師から許可がおりたのは、親父もいよいよだというなによりの証拠だ。

 おれは白馬の菓子をもって親父の病室に入った。でも――。

 「ご臨終りんじゅうです」

 医師が言った。

 「……間に合わなかったか」


 火葬を終え、骨だけになった親父を骨壺こつつぼに収めながらおれは思っていた。

 ――親父はずっと家に帰りたがっていたな。結局、生きている間は一度も帰してやれなかった。

 親父だけではなく、お袋だってもう歳だ。家で世話をしようとすれば共倒れになるのは目に見えていた。それを避けるためには親父には施設に入っていてもらうしかなかった。

 後悔……というのとは少しちがうが、やはり、心にとげが残る。

 最後、遺体だけでも家に帰してやれたのがせめてものなぐさめ……なのだろうか?

 「……せめて、最後に好きだった菓子ぐらい食わせてやりたかったけどな」

 ガソリンをジャブジャブ使って車をビュンビュン走らせることが出来た時代なら間に合ったのだろうか。考えてもせんないことだけど。

 家に帰ったあと、あの日、買った菓子の箱を開けた。

 白馬の姿をしたまんじゅうを口に放り込む。その菓子の味は――。

 やっぱり、甘くて、おいしかった。

                   完

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