Chapter 3:第一の殺人


大変不本意ではあったが、情報収集のために仕方なく私は5人の話の輪に加わることにした。




「いやしかし、まさかあのヘイ坊がシャルロット嬢の執事をしているとは 」


「縁あって拾っていただけました。それに今の仕事は案外性に合っていたようです」


「それはよかった。だが...すまなかった。父君とは仕事上とはいえ親しくしていたが、有事の際に力になれなかった 」


「伯爵様が気に悩むことではありません。狡猾かつ卑怯な罠にかかった、私と両親が愚かだっただけですから 」


「それは...いや、気を遣わせた。もう手遅れだろうが、何かあればフィーガードの名に誓って必ず君の助けとなろう 」




話始めてからしばらくすると、伯爵がヘイルに気づいたのをきっかけに話題は自然とそっちに移っていった。


ヘイルの家のことをこちらの想定よりも気にしていたらしく、何度も頭を下げて謝罪の言葉を繰り返した。



とはいえ、フィールド家が当時助けを出すのは無理があったはずだ。


魔術の探究は金がかかるとよくいわれるが、錬金術は初期投資が馬鹿にならず、それで破産に追い込まれるのも決して珍しい話ではない。


例によって、フィーガード家も金銭の工面で苦労を重ねていた過去があり、それこそヘイルの事件があった時がまさに一番苦しい時だったと聞かされている。


“どうやって今の経済状況に持ち直したのか”という別の疑問はあるが、少なくともここまで伯爵が気に病む必要もないはずだ。


ヘイルもそれを理解しているのか、感情的にはならず素直に感謝を告げている。




「んにしても、教会の聖職者に続いて噂のご令嬢サマと会えるとはねぇ 」


「そういえば、貴方は学会の便利屋とかいっていましたね。所属の魔術師ではなく 」


「そ。俺らはあくまでフリーの魔術師。学会はただのお得意サマで、お貴族サマにも雇われる仕事人ってワケ 」


「私とゲータくんは幼馴染なんですけど、子供の頃村に来た魔術師が気まぐれで色々と教えてくれたんです。それがきっかけで、魔術を学ぶ機会に恵まれて 」


「そうだったんですね 」




伯爵との話の輪から完全に切り離されたことにより、私はこの2人に絡まれることになった。



自己紹介の時に察してはいたが、彼らはいわゆる典型的な平民の魔術師というやつだ。


平民に魔術の才があるのが珍しいわけではないのだが、やはり貴族に比べて魔術を学べる機会が劇的に少ないのは必然だ。


だから、魔術師との偶然・きまぐれなどで運良く学ぶ機会を得られ才能があれば、彼らのように魔術の道を歩むことができる。




(ま、この2人の場合、武器の代わりに魔術を使っているだけだろうがな )




同じ魔術師でも、私や伯爵が学者なら彼らは学者の功績を扱うだけの消費者にすぎない。


だからと特に悪感情を抱くことないが、魔術に対する考え方やスタンスが異なるのは明らかだろう。




「ンフ。しかし、ハウシズのご令嬢が表舞台に現れるとはわたくし驚きました 」


「私の方が驚きました。ファルレアの教会といえば、内向的で行事以外に他国に赴く印象がありませんでしたので 」


「ニコラ殿とは個人的に親交がありまして。教会の意向としてはおっしゃる通りですが、友人の素晴らしい功績とあれば駆けつけますよ 」


「なるほど。バーソロミュー“司教”と伯爵はご友人、だと」


「おや、わたくしをご存知でしたか 」


「お名前を伺って思い出しました 」




バーソロミュー・ヘイミンソン司教。


宗教国家ファルレアの大貴族ヘイミンソン家の一員でありながら、田舎町の神父から始め今の地位に成り上がった聖職者。


ファルレアに総本山を置く聖クリオラ教会は近年汚職などの不祥事が相次いでいるが、バーソロミュー司教はそれと対比されるように『穢れなき純白の聖人』として賞賛されている。


だからこそ、彼が伯爵を友人といったことが引っかかる。




「バーソロミュー司教の噂はリティシアでも耳に挟みますので。ですが、伯爵と教会の司教がご友人とは、一体どんなきっかけで?」


「破損したクリオラ神の像の補修の際、どうしても造形に通じた魔術師の手が必要でして。信頼でき、かつ確かな技量を持った方を探していたらマチルダ嬢と知り合いまして 」


「マチルダ嬢、ですか...?」


「ん、知らねーのか?錬金術を使った彫刻とかの芸術作品がウケて、今はその業界じゃ知らん人はいない芸術家だぞ 」


「壁際に飾ってある作品も全て彼女の手掛けたものですね 」


「なるほどそうでしたか 」




私以外は全員知っていたらしい。


兄上の事前調査でこのことが漏れたのは、貴族令嬢としても魔術師としても“空気”であるが故に省いたからだろう。



それにしても、今も伯爵の一歩後ろで様子を伺っているだけの内気そうな女性が、一目見ただけて素晴らしいと思えた美術品を作ったとは正直驚いた。


フィーガード家が主に扱う錬金術の系列とは違う、人体構造などの形成魔術を得意としているのだろうか。




「む、皆すまないな。少々昔話で盛り上がってしまった 」


「別に構わないぜ伯爵。それよりも、そろそろいい時間なんじゃないか?」


「そう...だな。待たせてばかりで申し訳ないのだが、我々は準備のため一度会場を開けさせていただく。くつろいで待っといてくれ 」




話が落ち着いたのか、少し離れたところにいた伯爵たちがいつの間にかテーブルの方に戻ってきていた。


見れば、私の後にも数人続いていた入場も落ち着き始めており、招待状の謎解きを突破できる人間は揃ったようだ。


伯爵もこれ以上待つ必要はないと判断したようで、そろそろこのパーティーのメインイベントを始めるようだ。




「楽しみにしています。ニコラ殿 」


「あぁ、期待していたまえ。マチルダ、お前は何人か連れて書斎に行きなさい 」


「はいお父様 」


「頼むぞ。では皆、失礼する 」




準備に取り掛かるらしい伯爵はそう告げ、マチルダ嬢を伴って会場を後にした。




(さて、何がでてくるんだか )




良くも悪くも、あと数分後に何かが起こる予感がした。




---




チリンチリン



会場に魔術で大きくされた鈴の音が響いた。




「あら、始まるようですね。それでは私は向こうのテーブルに戻りますね 」


「えっ、あ。お、おまちください!」


「では失礼 」




しつこく話しかけてきた魔術師の男の話を遮るようにそういい、私は足早に定位置となった中央テーブルへと戻った。


伯爵が準備のため会場を後にしてから、好奇といわんばかりに私を認識した人たちが挨拶と称して接触してきた。


それもそのはず、さっきまでは中央テーブルのメンバーを壁にして避けていたのに、示し合わせたように全員理由を付けて一旦会場から離れてしまった。


リティシアの無名貴族に平民魔術師、小国の文官など多岐にわたる人たちがひっきりなしに私に挨拶するためやってきた。


いや、挨拶だけなら幾分かマシだ。


最後の男、自称“千年に1人の天才魔術師”のように延々と自分語りする馬鹿、いかに自身が優れているのかを売り込む無能の相手をするのは精神が摩耗する。


いかに中央テーブルのメンバーが場慣れしていて、お互いの立場を踏まえた礼儀を弁えていたのか身に染みて痛感した。




「お、随分と遅かったじゃねぇか 」


「おかげさまで、私に話しかけてくれる方と大勢お話ししましたので。そこの使えない執事もただ見てるだけで、頭がおかしくなりそうでした 」


「お嬢様の会話を遮るなどとても 」


「はは!違いない。それにこの会場の野郎どもは、噂なんて忘れてアンタの印象に残ろうと必死だろう 」


「ハウシズとの繋がりが欲しいのは理解できますが、しつこいのはシンプルに不快です 」


「ん?あぁ、それもあるだろうがアンタの場合は...」


「ゲータくん。多分だけど、それ以上は野暮だと思うよ 」


「お、それもそうか。まぁ悪かったな 」


「ふぅ。おやおや、皆さんお揃いでしたか 」


「おせーぞ司教サマ。ほら、もう始まるみたいだぞ 」




無駄話を叩いているうちに、着々とお披露目の準備が進められていたようで壇上に使用人を伴った伯爵の姿が現れた。


手には何やら小さな木箱を抱えており、この会場にいる誰もがその中身がなんなのかを想像しながら確信していた。


雑談に花を咲かせていたはずグループはいつの間にか静まり返り、会場全体に張り詰めたような緊張感が広まっていた。



急いで戻ってきたバーソロミュー司教を加えた私たちも、心なしか息を呑んで伯爵の一挙手一投足に注視していた。



だからだろうか、私は僅かに感じていたはずの違和感を見落としていた。




『集まってくれた友人たちよ、長らく待たせた。今宵、この瞬間、我ら一族の悲願を達成する素晴らしき時に、こうして足を運んでくれたことに改めて感謝を述べたい 』




魔術によって拡大された伯爵の声は、会場の中に響き渡った。


会場が静けさに包まれているからだろうか、余計にその声が大きく聞こえた。




『さて、前置きはこのくらいでいいだろう。この中には“賢者の石の錬成に成功した”など偽りだと考えている者もいるだろう。しかし、実物を見れば自らの愚かさを悔いるだろう。さぁ活目せよ!これこそ、フィーガードの叡智の結晶体。即ち、賢者の石で 』




伯爵が掲げた箱を開けようとした瞬間だった。


破裂音と共に、壇上にいた一人の使用人の胸に突然“赤い花”が咲いた。




『なっ!?』




あまりに突然の出来事に、会場の時が止まったかのように誰もが現実を認識できなくなり、伯爵の困惑した声が聞こえてから悲鳴が各所からあがった。


赤い花が咲いた、つまり胸元が血で染まった使用人はそのまま受け身を取ることなく前に倒れ込み、血溜まりをつくっていた。



会場は混乱に包まれる。


突然の人の死に誰もが恐怖に支配さて、全員とは言わずもすぐにでも会場から逃げ出そうと足が出入り口へと少しずつ向かい始めている。




「ヘイル!」


「わかってます 」




ただし、私たちは違った。


短く執事の名前を呼ぶと既に壇上へと小走りで向かい始めており、一直線に倒れている使用人を目指していた。


人の間を縫いながら私もそれに続き、困惑している伯爵の元に向かう。




「伯爵!すぐに会場を封鎖し、入場者全員の身体チェックを 」


「待ってくれ。確かにそうするべきだが、君がでしゃばる必要はないだろう。それにヘイ坊は何をしているんだ?」


「お忘れですか?私はハウシズで、彼は優れた医師です。本来は兄が担うべき役割を、代理である私が担うのは必然です 」


「失礼します。お嬢様、手は尽くしましたが心臓が破裂したのか即死で蘇生は不可能でした。それにこれは...」


「殺人、でしょうね 」




示し合わせたようなタイミング、ヘイルの医師としての見解、それら全てがこれを殺人事件であると断定していた。


賢者の石を巡った血に塗れた事件は、こうして衝撃的な幕開けを遂げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

探偵令嬢シャルロット・ハウシズの魔術推論(雑殴り書き投稿バージョン) まじゅつし。 @mazyutushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ