Chapter 2:パーティー


「その、かなりサマになっていますね 」


「あら、そういえば貴方を連れてパーティーに出席するのは初めてだったわね。別に場所に合わせて衣服を変えるのは当然よ 」




依頼を引き受けてから3日後、何事もなくフィーガード伯爵領へ辿り着いた。


魔術師貴族である領主が治める土地は当然その方向性で発展しており、魔術師が行き交う都市として成立している。


都市に入ってからは兄上が予約してくれていたホテルで一息つき、今はパーティーに出席するために着替えてから会場である屋敷に向かっている。



で、ヘイルが私を見て驚いたのは言わずもがな珍しい服装が理由だ。



普段の服装はズボンにシャツと、とてもじゃないが貴族令嬢がするべきものではない。


そもそもドレスなどがあまり好かないという単純な理由もあるが、動きやすい格好を追求したらそうなった。


ヘイルが執事となってから魔術の研究によりのめり込むようなり、公の場(今回は非公式だけども)に顔を出す機会が完全に消え去り、今日数年ぶりにドレスに袖を通した。


軽くメイクをしているのもあり、ヘイル視点だと私が別人のようにみえているのだろう。




「失礼しました。それで、エスコートが自分でよろしいのですか?経験こそありますが、今の身分を考えればやはり...」


「まだ気にしてるの?公式的な行事なら分かるけど、今回は非公式のものよ。それに私以外の出席者も多分魔術師だらけよ。だから気にする必要はないわ 」


「なるほど 」




私の言葉に納得したのか、ヘイルが馬車に乗ってから妙にソワソワしていたのが落ち着いた。


仮にも執事であるのに普段私の扱いが雑なくせに、こういった時だけ神経質になるのは相変わらずらしい。



と、そんなやりとりをしている間に都市の中心部にある伯爵の屋敷が見えてきた。




「そろそろ着くわね。招待状かして 」


「こちらに 」


「ありがとう。これは...こうかしら 」


「何をしているんです?」


「簡単な謎解きよ。招待状を送った人間が、はたしてそれを受け取るのに相応しいか確かめるテストみたいなものね。解けないと、ただの紙屑に成り下がるみたいね 」


「なるほど...って、まさか最初からそれをご存知で?」


「なんとなくね。ほら、兄上が出発前に必ず目を通すよう念を押していたでしょう 」


「だったら!もっとはやく!目を通しておくべきです!到着に間に合わなかったどうするおつもりですか!」


「どうするも何も、ほら。解けたわ 」




術式の解析を終え、指示された通りに定型文のような文章を指でなぞると変化が現れた。


文字がまるで生き物ののように紙の上をぞろぞろと動きだし、一瞬にして文章の内容が大きく変わった。




「『私の遊びに付き合っていただきありがとうございます。入場の際、招待状を門番にお見せ下さい 』ですって 」


「...まったく。少しは計画性をもっていただきたいですね 」


「次は気をつけるわよ 」



入場に間に合ったのだから怒る必要はないと思うのだが、いちいち何かいうと火に油を注ぐのは明らかなので大人しく謝っておく。



こうして、私たちの乗っている馬車は屋敷の広場の方へと進んでいった。



---



「招待状はお持ちでしょうか?」


「はい、これ 」


「失礼...む、シェリル・ハウシズ様ご本人様ではなく代理の方ですか?」


「妹のシャルロット・ハウシズよ。証明はこれで十分よね 」


「なっ、家紋入りのアクセサリーですか。そう、ですね。時間をおかけして申し訳ありません、どうぞ会場へとお進み下さい 」




入場しようと入り口まで進んだ私たちは、当然ながら門番に止められた。


兄上本人でないことで少し不信感を抱かれたようだが、念のために身につけていたハウシズの家紋が彫られたイヤリングは十分に効果を発揮してくれたらしい。


中に入れず招待状と睨み合いながら立ち尽くしている人たちを尻目に、会場である別館へと足を進めた。




「お嬢様、あの方々は一体?」


「気にしないでいいわ。簡単な謎解きすら解けない、馬鹿な魔術師もどきよ。兄上の調べだとそれなりに招待客はいるらしいけど、この様子じゃ中に入れるのは半数にも満たないわね 」


「ですがお嬢様は簡単に解いていましたよね 」


「さぁ?私には簡単に思えたけど、彼らには難しかったんじゃない?」


「そんなこととは...」


「ほら、無駄話をしてたらもう会場よ 」




ヘイルは何かいいたげだが、別館の大扉は目前に迫っていた。


そして扉の先には、少なくとも私と同じくらいの魔術師たちが何人も待ち受けている。


特に何かがあるというわけではないが、気を引き締めておくに越したことはないだろう。



流石錬金術師というべきか、私たちが大扉の前に着くと誰も触れることなく魔術式が働き、自動で扉が開いた。




「これは、凄い 」




隣にいるヘイルから感嘆の声が聞こえた。


別館は夜会やパーティー会場として利用することを主な目的としているらしく、比較的天井が高くなっており、上を見上げると煌びやかで大きなシャンデリアが垂れ下げられている。


そして一番目を引くのは、壁に沿うように飾られている彫刻の数々。


金をひけらかす貴族のような、下品でギラついた装飾ではなく伯爵の嗜好で統一された美術品たちの並びは、まるで全てが揃うことで一つの作品として成立しているようにも見える。




(っと、大抵の人はここで終わりだが、これはまた随分と...凄いな )




ヘイルが感嘆しているのは単に美術品の美しさだけだろうが、私は別の意味で驚かされた。



美術品に施された膨大な魔術式、そして彫刻自体が錬金術を用いて構築されていること。


具体的な概要こそ読み取れないが、有事の際に起動する防御機構の役割を担っていることは理解できた。


頭がついてて馬鹿な魔術師でもなければ、こんなものの前で荒事を起こす気などまず起こさないだろう。




「...で、感動中悪いがさっさと伯爵に挨拶に向かうわよ。何人か私に気づいてるけど、話しかけられるなんて面倒だわ 」


「失礼しました。ではお手を 」


「エスコートよろしくね 」




ヘイルを現実に呼び戻し、少し騒がしくなり始めた周りから逃げ出すようにエスコートさせて入場する。



招待客たちは既に数人のグループに分かれてそれぞれ軽食と雑談を楽しんでいたが、私は彼らの輪に混ざろうなど微塵も思わなかった。


理由は様々だが、過去の経験則に基けば厄介ごとの種になり得るのは目に見えている。


まぁ私の評判を知っていて声をかけに来る物好きがいるとも思えないが、万が一を考慮してさっさと伯爵と顔を合わせるべく、主催がいると相場が決まっている中央のテーブルへと足を進めた。




「はは!いやいや、まさか俺みたいな魔術師が伯爵サマと話す機会を頂けるなんてなぁ 」


「才ある者であれば、身分など関係ないと私は考えている。そして貴殿もそうだ 」


「嬉しいこと言ってくれるじゃないです!招待状受け取った時は悩んだが、こりゃ足を運んで正解だったぜ 」




中央テーブルの近づくと、6人で何やら盛り上がっているのが見えてた。


話の中心人物らしい陽気な人物...成金貴族でもしないジャラジャラとした悪趣味な装飾の身につけた男、それと向かい合うようにしている髭の紳士が目的の人物だ。


会話の邪魔をするのも悪いと思い合間を見計らうかと思ったが、いつまで経っても成金馬鹿の話が終わらないので無理やり割り込む。




「失礼。伯爵に挨拶したいのだけれど 」


「あ?おいおい嬢ちゃん、ここはお前みたいなガキが来る場所じゃねぇよ。あっちでジュースでも飲んでな 」


「その家紋...もしやシャルロット嬢かね?」


「お久しぶりですフィーガード伯爵。5年前に王都でお会いして以来ですね。本来であれば兄が伺う予定でしたが、急用につき代理として私がこの素晴らしい祝宴に足を運ばせていただきました 」


「そうだったか。いやはや、シェリル殿に会えないのは残念だが、こうして君が来てくれて大変嬉しく思うよ 」


「ありがとうございます 」




一度伯爵と顔を合わせたことがあったのを今思い出したので付け足してみたが、効果があったらしく笑顔で歓迎してくれた。



ニコラ・フィーガード伯爵。


基礎錬金術を確立したフィーガード家の現当主であり、彼自身もまた世界有数の錬金術師として名を馳せている。


一見礼儀正しい紳士のように見えるが、魔術の才能を何よりも第一に考える根っからの実力主義者であり、幾度となく他の貴族たちとトラブルを起こす噂もよく聞く。


そして何より、魔術と政治の世界を生き抜いてきた喰わせ者である。



後ろで私が普段しない猫被りに、ヘイルが絶句し凝視しているのが見なくても分かるが、私だって相手を選んで態度を変える融通くらい効かせる。


少なくとも、伯爵相手にはそう接した方がいいと私の直感が警告していた。




「んー?伯爵サマ、このお嬢ちゃんとはお知り合いで?」


「ちょっ、ゲータくん!この子の耳見て!」


「っおい、頭を叩くなアーリヤ。そんな興奮して耳に何がって、おいおいおい!マジか!」


「ンフ!まさかこうして、直接お会いする機会に恵まれるとは実に幸運!」


「お父様。この方は一体?」


「彼女の耳飾りを見なさい。あれを身につけるのを許された一族は、リティシアに一つしかいない 」


「天秤の紋様...あ、裁定者ハウシズ...!」




四者四様とでもいうべきか、私の身分に気づいた彼らはそれぞれが驚いた声をあげた。



成金馬鹿とその連れらしい女性。


頭に残る特徴的な笑い方をする、聖職者のような服装の怪しげな男。


伯爵を父上と呼んでいる、おそらく伯爵令嬢と思われるドレス姿の女性。



家紋だけでこんな反応をさせるほど、我が家は相変わらずの影響力を有しているらしい。




「皆様もお話しに割り込むようになってすみません。申し遅れました、シャルロット・ハウシズでごさいます 」


「ん、お、失礼した。俺は学会で便利屋やってるゲータってもんだ。で、こっちの女が 」


「んにゃ。あ、相棒のアーリヤです!」


「ご丁寧にどうも。わたくしファルレアで聖職者をしております、バーソロミュー・ヘイミンソンでございます 」


「は、はじめまして。私はマチルダ・フィーガードと申します。その、えっと、すぐに気付けず失礼いたしました 」


「気にしていませんよマチルダ様。それに、皆様もご丁寧にありがとうございます 」




学会の便利屋に他国の聖職者と、このパーティーの客人は想像よりユニークな者が集められてあるらしい。


そして伯爵とは対照的に、全く噂されることもなく名前しか知らなかったマチルダ嬢。


予想通りというべきか、内気な性格なのか私に緊張して言葉がうまく紡げずに、もはや怯えているようにすら見える。


弱い者いじめの趣味はないのでフォローはしてみたが、残念ながら効果は薄くまだ緊張で肩を震わせている。



こうして面倒そうなオマケは色々ついてはきたが、一先ず簡単な顔合わせを済ませることはできた。


パーティーに出席すればよくあるやりとりしかしていないし、まだ特別気を配るべき事件が発生した様子もない。


ただ、まるで背筋に冷や水を垂らされたような鋭い感覚が、既に私の中でこれから起こるかもしれない“事件”に対して警告を鳴らしていた。

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