10-4

 最終局、全勝同士で道場のAチームとBチームが当たることになった。勝った方が優勝である。乃子の相手は瓦だった。

 事前に蓮真から、きれいな将棋だと聞いていた。序盤に詳しいはずだと。その通りに、最新形の角換わりになった。乃子は少し、焦った。

 しばらく将棋の勉強をしていなかった。乃子は、最近の将棋がよくわからなかった。

 いきなり桂馬を跳ねられて、乃子は考え込んだ。歩で死ぬ桂馬だ。しかし、勝算があるからこそノータイムで跳ねてきたはずだ。この先どうなる? どこまで定跡?

 ビッグ4は、憧れの存在だった。常に関東・関西の大学が上位を占める中、全国二位にまで県立大を押し上げた四人。だが、蓮真が入学した時、先輩たちは四人しかいない、という状態だった。ビッグ4が卒業しただけでなく、彼らが原因で大量に部員が辞めたというのだ。

 瓦の様子からは、冷徹さは感じない。しかし、本当のところはわからないし、四人集まったときに変貌するのかもしれない。

 憧れの県立大は、幻だったかもしれないのである。蓮真はそんな中、再び全国で戦えるチームを作った。もちろん彼だけが頑張ったのではないだろうが、蓮真がいなくてはなしえないことだったはずだ。

 ええい、知らないものは仕方がない。乃子は覚悟を決めて、攻め合った。相手の思惑通りかと思ったが、瓦の手が止まった。定跡にはない展開になったのかもしれない、と乃子は思った。

 調べたら、形勢は自分が悪いのだろう。しかし乃子は知らんぷりをして、平然とした顔で攻め続けた。

 団体戦は気楽と言っても、三人制では1敗が重い。美利はアズサと対局しているが、ここも分がいいとは吸えない。「私が勝たないと」と乃子は思った。そして、それは初めての感情でもあった。紀玄館大学では、乃子が絶対に勝たなければならない場面などなかったのである。

 ふと隣を見ると、蓮真の落ち着いた横顔が見えた。最初乃子は、蓮真の勝ちが目前なのかと思ったが、局面は全然そんなことがなかった。ああ、そうか。周囲の様子も見て、乃子は理解した。ここは、「緩い場所」なのだ。みんなにとって楽しむための大会であって、どうしても負けられないものではない。蓮真にとっても、大学の大会に比べてリラックスできる場所なのだ。

 乃子だけが、厳しい状況だと感じていた。勝ちたい。それは、完全に贖罪の気持ちだった。蓮真に、勝利を捧げなければならない。



「宣言します」

 震える声で、宅野は言った。初那大はがっくりとうなだれた。

 相入玉の場合、勝っていると思う方は勝利を宣言することができる。ただし、既定の条件を満たしていない場合負けとなってしまう。

 宣言される前に相手が投了することが多いため、このルールはあまり登場しない。本当に条件を満たしているか、不安になりなかなか宣言できない者も多い。

 点数で言えば、確実に初那大の負けである。ただ、宣言法のルールをちゃんと覚えているわけではなかったので、条件を満たしているかはよくわからなかった。

 もはや局面は動かないのに、勝敗が決していない。不思議な、確認のための時間が流れていた。


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