9-4
「全国制覇、か」
乃子は、部誌を眺めていた。輝かしい記録が載っている。
大学の四年間。乃子の在学中、紀玄館大学は全国大会で優勝しかしなかった。
春夏八連覇。すごい記録ではある。しかし、当然でもあった。将棋で推薦入学枠のある大学は少ない。紀玄関は毎年三人以上の推薦を取り、授業料を免除している。10人以上の推薦組が常時所属している状態なのである。
乃子は、たった一度しか団体戦の負けを知らない。そしてその相手は、蓮真のいる県立大学だった。負けた時、乃子はほっとした。自分がきっちり、否定された気がしたのだ。勝ち続けることで、後ろめたさは増し続けていた。それが、いったんリセットされた。
乃子が出なくても、紀玄館大学の強さは揺るがなかった。必要不可欠でないという事実が、彼女の心をさらに軽くさせた。
冠に別れを告げて、ようやくスタートラインに立てたと思ったのだ。もう、あの頃の三人には戻れない。けれども、蓮真に対する裏切りは、償っていくことができるかもしれない。
乃子は、将棋をやめることが一つの証になると思っていた。
将棋で皆と出会い、将棋で大学に入り、将棋で苦悩した。でも、将棋で生きていくわけではない。
けれども乃子は、将棋以外の何かを見つけられたわけではなかった。そして、将棋で何かを目指す人たちはかっこいいとも思ったのである。
自分は、かっこよかっただろうか?
トップに立ちたいという情熱はもう、ない。
ただ、将棋から離れきることもできなかった。美利と指し、将彰に教え、そしていろいろな将棋の情報を追っている。
乃子は部誌と目を閉じた。自分の心へと、視線を集中させた。
「あ、いつものと違う」
「うまそー」
クリームたっぷりのケーキを前にして、親子は目を輝かせていた。
「いつものところがお休みだったから」
「乃子ちゃん、ありがとうね」
「乃子姉ちゃんサイコー」
「はは」
乃子は頭をかいた。
実は、ケーキは母親に買ってきてもらっていた。どういうものが喜ばれるのか自信がなくて、「どうせ悩むならば頭を下げた方が楽だ」と思ったのである。
「で、団体戦の話だけど」
「あ、はい」
「その日は大丈夫だった。出れるよ」
「よかった」
「乃子ちゃんはいいの?」
「え? 私はいつでも休めますし……」
「そうじゃなくて。佐谷君と、同じチームで大丈夫?」
乃子は動きを止めた後、何度か小さくうなずいた。
「大丈夫です。昔はずっと、同じチームだったし」
「そう。じゃあ、よろしくね」
「二人で組むの? すげー」
そうだね。乃子は思った。蓮真と組むのは、元々は普通のことだったのだ。美利と組むことの方が、すごいことだ。
四年間、冠とは同じチームだった。もう彼とは、二度と組まないだろう。蓮真とは、今後どうなるかわからない。乃子は正直、とても不安だった。そんな彼女にとって、最後の一人が美利であることは救いだった。
「ありがとうございます」
ああ、投了した時のようだ。乃子はそう思いながら、頭を下げた。
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