9-2

「結構……疲れますね……」

「あらあら乃子ちゃん、体力ないのね」

 阿波野佐那は、苦笑した。

 乃子の頭上には、木々の枝が広がっていた。そして乃子の目の前には、竹のカゴ。中には栗が入っていた。

「みんな、お金払って拾うんですもんね……」

「言い方」

 最近乃子は少しずつ、仕事の量を増やしていた。今日はレストランやケーキ屋で使う栗の収穫をしている。

「栗いっぱい。おいしいケーキになりますように」

「そういえば鳴坂君、来月一週間休むって」

「そうなんですか」

「本当は一年ぐらい休んで海外行きたいんだって。でもお店があるから、責任感持たなくちゃって」

「一年も何見るんでしょうね」

「……乃子ちゃんは行きたいところとかないの?」

 乃子は地面を見つめた。大学は県外で、全国大会も遠いところが多かった。彼女的には「すでに旅してきた」感覚だったが、これまで旅を目的として出かけたことがなかったのである。

「えーと……橋?」

「え、橋?」

「あー、なんか、長い橋いくつかあるじゃないですか。島は渡らなくていいけど、橋は通ってみたいです」

「変なの」

「そうですか? 通ったことあります?」

「何回か。気持ちよかったな」

「え、歩いて?」

「バイクで。あ、乃子ちゃんもバイクで行けばいいじゃない」

「え……あれで?」

 乃子は、市街に出ることすらまれだった。原付でどこまでも行けそう、などとは全く思っていない。ただ、高校に歩いて行けなかったから乗り始めただけである。

「別に強制するわけじゃないけど」

「あそこはよく行きますよ、展望所」

「ちかっ」

「あはは……」

 乃子は体を伸ばして栗を一つ拾い、かごに入れた。将棋の大会でもなしに遠くに行くのは、しんどいのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る