乃子の夢

9-1

 道場は、昔とほぼ変わらない姿だった。ただ、乃子は大きくなったし、美利は親になっていた。

 二人は、恐る恐る扉を開けた。

「こんにちは……」

「はい、こん……」

 席主は、二人を見て動きを止めた。特に、美利を見て驚いている。

「お久しぶりです」

「ええっと……美利ちゃん?」

「はい」

「派手になったねえ。あと、乃子ちゃん」

「どうも」

 対局していた人々も、注目している。

「どうしたの」

「いや、様子を見に来ようと思って。息子が……将棋を始めたので」

「あー、子供生まれたんだ。時間がたつのは早いねえ。何年生?」

「中一です」

 席主は、腕を組んだ。中一と言えば、中学一年生である。小学六年生より年上である。いろいろなものを計算して、いろいろなことに合点がいった。

「ああ、今日は普通に道場でね。土曜に子供教室しているけど、小学生ばかりかな。どうしようかね」

「じゃあ、今度日曜に連れてきます」

「今日はいないんだ」

「サッカーに行ってて」

「はあ、忙しいのね」

「でも、サッカーはやめるかも」

「そうなんだ。二人は指していく?」

「あー、今日はいいかな」

 美利と乃子は少し雑談した後、頭を下げて道場を出た。

「あー、緊張した。乃子ちゃんも久しぶりでしょ?」

「そうですね。なんか、ほとんど知らない人でしたね」

「それは良かったかも。ね、なんか食べてこ」

「はい」

 二人はランチを食べられる店を探し始めたが、なかなか決めることができなかった。昔とはかなり店が入れ替わっていたし、子供の頃はそもそもこの辺りでご飯を食べることが少なかったのである。

 ようやく決めた店に入り、腰かけるとともに美利が笑った。

「この町で、将棋ばっかり指してたんだなあ」

「そうですね」

 初めて入る店に、懐かしさはない。土地そのものにも、あまり感じるところはなかった。何より乃子は、昔と変わらないたたずまいの道場にも、心を揺さぶられなかったのである。

 場所ではなく、人だったんだな。

 もし幼い蓮真や冠と再会することができれば、その感動は果てしないだろう。

 しかしそれは、無理なのだ。自分も、大人になってしまったのだ。

「お世話になったのに、何も伝えなかったからなあ。恥ずかしかったなあ」

「きっと、そういうものですよ。将棋って、ほとんどの人がいつの間にかやめてますもん」

「そうかもね」

 そのうち、私がいないことも普通になるんだ。乃子は早くそうなればいいと思ったし、それは少しだけ寂しいかもしれないと思った。

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