8-2

「本当によかったの?」

 乃子と将彰は、ベンチに座っていた。休日のテーマパークには多くの人がいて、アトラクションの待ち時間も長い。疲れた二人は場所の雰囲気を楽しむ時間に入っていたのである。

「え?」

「将棋」

「うん。招待されたんでしょ?」

「まあ、昔の実績で。私だって遊んだほうが楽しいよ」

「もう、指さないの? ずっと?」

「それはわかんないなあ」

 乃子は、あいまいな笑みを浮かべた。本当に自分でもわからないのである。

 もう、欲がないのだ。美利のように、プロと戦いたいわけではない。どうしても勝ちたい相手、負けたくない相手がいるわけでもない。

 願いが絶対にかなうならば、時間を巻き戻したかった。もう一度、三人で団体戦を戦いたい。それが無理ならば、せめて蓮真とはいっしょのチームに入りたい。

 彼を裏切った日から、こうなる運命だったのだろう、と乃子は思った。将棋では、幸せになれない。

「お母さんはどうなったかな」

「ブログで見れるよね……あっ」

「あ、この子がソナタっていう……」

 ブログには、予選決勝を戦う二人の顔が載っていた。美利と、そして初那大。

 将彰は、スマホの中の顔を凝視した。髪をかき上げて、息を吐く。

「えっと……」

「ううん? なんだろう、変な感じ」

 似てるんだよ、とても。あなたと。

 乃子は、言葉にはしなかった。



 涙が出てきそうだった。

 局面は、多分悪い。初那大の攻めが、美利陣を押し込んでいる。

 彼もそうだった。攻めてばかりで、受けが苦手だった。受ける気がなかったのかもしれない。それで、壁に当たっていた。いや、やる気がなかったのかもしれない。

 かっこよかったのだ。整った顔だった。

 そして、おしゃべりが楽しかった。

 将彰は、彼にそっくりだった。日に日に似てくる。それが苦しいこともあるし、少しだけ懐かしいこともあった。

 息子以外となると、感情も当然変わる。初那大はかわいかった。女の子にもなれる顔だったんだ、と美利はよくわからないことに感動していた。

 将彰と初那大は、同じぐらいの年齢だ。美利の推測が当たっていたら、すごく悲しいことだ。

 ただ、辻褄は合うのだ。突然連絡を絶った男。他にも相手がいたとしたら。

 むしろ自分の方が、「もう一人の相手」だったとしたら。

 いろいろな思いが、波になって襲ってきた。美利は、初那大の攻めに怒りを感じてしまった。

 無責任な、一方通行。

 自陣に飛車が打たれた。受けにしか効かない飛車。しかし、受けに効きすぎる飛車。

 初那大の動きが止まった。

 美利は、目を大きく見開いた。

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