7-5

 少し、空は曇っていた。

 星禮戦の日の朝。ホテルを出て、三人は駅まで歩いてきた。美利の表情は硬い。

「お母さん、もうちょっとリラックスしなきゃ」

「いやあ、そうは言うけれど」

 乃子は、親子の様子を見守っていた。そう、戦いに行く前はいつだって特別だ。けれども、顔に出にくい人もいる。美利は、たまたま出やすいだけなのだ。

「負けて当然なんだから、ね」

「はいはい。将彰、あんまり迷惑かけないようにね」

「わかってる」

「うん。じゃあ……行ってくるね」

 美利は、改札の向こうへと消えていった。

「ねえ、乃子姉ちゃんは、本当によかったの?」

「うん。だって、頑張りたいって思えなかったから。はは、駄目な大人だね」

 乃子は、道場での結果を受けて二つの道を考えた。もう一回頑張って、予選突破を目指す。もう一つは、今の実力を受け入れて、大会に出ないというものだった。

 迷って迷って、後者を選んだ。

 どうしても将棋を指したくない、というほどではなかった。けれども、どうしても勝ちたい、というわけでもなかったのだ。

「駄目じゃないよ。姉ちゃんいなかったら、俺、東京来れなかったもん!」

「ふふ、そうだね。じゃあ、行こうか」

 乃子と将彰は、地下鉄に乗るために階段を下りて行った。



 初那大は、階段を上がった。

 いつもと違う路線。今日の会場は、将棋会館ではない。

 電車に乗るのは好きだった。あっという間に知らない土地に行けて、魔法のようである。

 朝から、不思議な気分だった。今日は女流棋戦の予選。将来プロになれるかとは、ほぼ関係ない戦いだ。目的からすると、寄り道になる。

 それなのに、心はすっきりとしていた。いつものようなもやもやも重苦しさもない。

 奨励会に入ってから、軽い対局はなかったのだ。

 もちろん、アマには負けたくない。けれども、負けることはあると思っている。

 自分は天才だと信じながらも、奨励会5級という現状も客観的に見つめられていた。

 「もしまた、鍵山さんや立川さんと戦ったら?」二年前は攻め切った。けれども今はどうだろうか? 負けることも多くなって、守りに入ってしまうこともある今は?

 電車がホームに入ってくる。決戦の地へと踏み出す。

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