7-2

「ごめんね乃子ちゃん、全然だめだった」

 美利が頭を下げていたが、乃子は上の空だった。テーブルの上に、色鮮やかなお寿司が並べられていたのである。

「次からですよ、まだ復帰したばかりですから」

 確信しているわけではなかった。美利が全力を出せるようになっても、どこまで勝てるのかはわからない。昔よりもかなりアマのレベルは上がった、と言う人がいる。実際今回のアマ女流天将戦も、若手同士の決勝となった。どんどん出てくる中高生の強豪たちには、どうやったって勝てないかもしれないのだ。

 自分ならば? 乃子は考えた。考えてもわからなかったし、おなかがすいていた。

「うん、次は頑張る。あと、私も星禮戦の案内が届いた」

 乃子は目を丸くした後、小さく手をたたいた。

「良かったです。チャンスじゃないですか」

「滑り込みかな。一応全国で勝ちはしたから」

 どれだけの人が呼ばれているかによるな、と乃子は考えた。何十人単位ならば、確かに今の美利も入って当然だ。しかし数人だとすれば、「元育成会」の庭尾美利が呼ばれたのである。

「二人とも東京行くの?」

 寿司をほおばりながら、将彰が言った。美利が膝をたたくと、「いただきます」とぶっきらぼうに付け加えた。

「そうね」

「ずるーい。今度は俺も行きたい」

「大会中暇でしょ」

「うん! 暇だからいろいろ行く!」

「それは心配」

「あ、あの……」

 乃子が手を挙げる。

「どうしたの?」

「私、参加するか決めたわけではなくて」

「やっぱり出ないの?」

「いや、絶対というわけでもなくて……。すごく変な言い方なんですが、勉強しなくていいなら出るぐらいならばいいかなって気持ちと、出るなら勉強しなきゃって気持ちと」

「乃子ちゃんは、言うほど将棋は嫌いじゃないよね?」

「……」

「将棋をする人のことが嫌いなんじゃない? 私もそうだったもん」

 乃子は、「違う」とは言わなかった。本当に嫌いなのは、「将棋によって人間関係が崩れること」だ。いや、それに耐えられない自分、かもしれないとも思った。

 


「出るべきだよ」

 そう言ってニカっと笑ったのは、須波六段である。彼は、関東の奨励会幹事を務めていた。

「そうですか」

「川瀧さんは、出たくはないのかな?」

「いえ……。ただ、それがプロになることに役に立つのかな、と」

「あー。わからん。わからんならやってみよう、が俺のモットーだけどね」

 須波の言葉は、あまり初那大には響いていなかった。とはいえ、プロになれた人間の言葉である。何らかの役に立つのではないか、とは感じていた。

「勝てるでしょうか」

「勝たなきゃいかんでしょ。だって、タイトル獲るんでしょ」

「はい」

 初那大はうつむいたまま、はっきりと答えた。

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