6-4

 美利はじっとその対局を見ていた。

 女流アマ天将戦、決勝戦。美利はそこに残れず、またアズサもいなかった。

 決勝戦は、中学生と高校生の戦いになっている。準決勝で負けたアズサは、対局会場にいなかった。

 美利は、優勝できるなどとは考えていなかった。ただ、思った以上に自分の力が通用しなかったのだ。

 17歳のあの頃に戻ることができたら。優勝したただろう。ブランクがあって、年を取って。ただ、年齢は言い訳にできない。同年代が、女流棋士としてトップを張っているのだ。

 乃子は、頂上の景色を見たことがある。急に美利は、腹が立ってきた。自分が手に入れられなかったもの。大学での青春。好きなだけ将棋を指して、てっぺんへ。責任のない生活。

 だが、脳裏に将彰の顔が浮かんで、美利は後悔をした。自分に与えられた、大きなもの。

 参加者のほとんどが、若い人だった。男性のアマ大会は、こうではない。優勝は若手が多くなっているが、多くのベテランが代表になっている。

 やめていく人。参加できない人。そういう人たちを知ることさえなく過ごした、十年以上。

 美利は、戻ってきた。何でもかんでも大会に参加、というわけにはいかないだろう。けれどもせめて一つ、この天将だけは、いつか手に入れてみせると心の中で誓った。



 美利からメッセージが届いた乃子は、しばらくその文字を眺めていた。そこには、「優勝できなかった」と書かれていたのだ。

 乃子もできるとは思っていなかった。予選突破も怪しいと感じていた。しかし、当然美利は優勝を目指していたのだ。「できなかった」の気持ちはわかる。

 ネットで、すでに結果は知っていた。プロとの対局もできない成績だ。しかし、よくやった、と思う。十年以上のブランクにもかかわらず、予選ではアズサに勝った。感覚を取り戻せば、本当に優勝できるかもしれない。

 ただ。彼女は本来、プロの世界で戦っていたはずの人なのだ。

 そこに戻る道は、たぶんない。女流棋士の編入試験というのは聞いたことがない。アマとしてプロに勝ち続ければ、あるいはそういう話も出てくるかもしれない。けれども、さすがにそんなにプロに勝てるとは思えないのだ。

 女流トップの将棋を見るたびに、乃子は「目指さなくてよかった」と思ったものだ。それなりに勝つだけの女流棋士になっていたら、自分の存在意義を自問自答していたに違いない。それは今でもあまり変わらないけれど、休みたいときに休める立場なのはありがたい。何者でもないことは、とても救われる。

 いや、そろそろ決めなければいけないこともわかっている。何者になるのか。将棋をしない自分。故郷に帰ってきた自分。何度も頭の中で、「乃子はどうするの?」が繰り返される。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る