6-3

 表示された名前を見て、乃子はしばらく固まっていた。

 佐谷蓮真。

 彼から電話がかかってくるのは、何年ぶりだろうか。少なくとも四年以上は空いている。

 ベッドの上で正座をして、乃子は通話ボタンを押した。

「もしもし、立川です」

「……蓮真です。連絡あった?」

「え?」

「テレビのやつ」

「あー。……断ったよ」

「そっか。まあ俺もそうだけど。冠は大会で名前見たけどさ、乃子は見ないからどうしてるのかと思って」

 乃子は目を閉じてうつむいた。蓮真から普段のことを尋ねられるのが、予想外だったのだ。

「指してないよ」

「そっか」

「蓮真は?」

「俺も」

「そうなんだ」

「忙しい?」

「そういうわけじゃなくて。たまに、教えてはいる」

「へー」

「ずっと指していなかった人の相手。今ちょうど、全国大会」

「え、庭尾さん?」

 ああ、そうだった。乃子は思い出した。蓮真はもともと、「将棋に興味がある」人だった。そのせいか「勝負に興味がある」冠の方が、常に強かった。

「知ってたの?」

「ア……鍵山から聞いて」

「ずっと将棋指したかったんだって」

「強かったよな。そっか……俺も時間ができたら、大会出るよ」

「頑張ってね」

「で、乃子はどうするの?」

 乃子はしばらく、何も答えなかった。どういう言葉で表現すれば最善か、考えていたのである。

「大会には出ないかな。強くなるモチベーションとか、なくなっちゃった」

「そういうもんか」

「鍵山さんはすごいよね」

「まあ、就職したらあいつもわかんないさ」

「そうだね。でも、私とは違うと思う」

「まあ、人それぞれだろ。うん、とりあえず伝えたから。今後も取材は受けないと思う」

「うん」

 電話を切って、乃子は両手で顔を負った。後悔しかない。あの時県立大を選べば。蓮真と一緒に将棋を楽しめば。

 「乃子はどうするの?」という蓮真の声が、しばらく乃子の頭の中にこびりついていた。

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