6-2

 美利は、焦っていた。

 アマ女流天将戦本戦。1回戦を快勝した美利は、2回戦で中学生と当たっていた。

全く知らない戦法を指され、押し込まれていた。

 久しぶりの東京。両親や息子に了解を得て、将棋だけのためにここに来ている。すべてを、将棋に集中できる時間。

 それなのに。序盤から、どうしようもない局面になっていた。これは、負ける。経験からしても、今の実力からしても、逆転できる見込みはなかった。

 自分が将棋をやめた頃に生まれた相手。

 そうだ。休んでいる間に、次々と自分より強い女性が生まれてきているんだ。

 情熱も努力も、年齢とは関係ないと言う人がいる。確かにそうかもしれない。しかし、競争の場合は別だ。休んでいる間に前に行っている人は、ずっと努力をしている。努力だけでは追いつけない。

 私には才能があるんだ。美利は自分に言い聞かせた。休んでいた分を知り返せるだけの才能が。女流育成会をやめさえしなければプロになれた才能が。

 追い込んでいく。自玉が危ないのはわかっていたが、知らないふりをして攻めた。気圧されて受けてくれれば、何かが起こるかもしれないと美利は思った。

 しかし相手は、ひるまなかった。攻め合いになり、そうなれば美利の方が分が悪かった。

「負けました」

 美利は、深々と頭を下げた。金色の髪が、盤を撫でた。

 その様子を、アズサはじっと見ていた。



 庭尾美利。

 全国大会では、その名前によってそれほどざわついたりはしなかった。元女流育成会や元研修会というのは、代表者の肩書としては珍しくないのである。

 2局目、美利は完敗した。アズサは終盤しか見ていないが、大差だった。

 自分に勝ったあの恐ろしい人と同一人物なのか? そう思ったものの、仕方がないのかもしれない、とも感じた。それが、ブランクというものなのだろう。

 乃子がいない。初那大もいない。そんな中アズサは、優勝の大本命と思われている。

 美利がライバルになるかもしれない。自分はかつて、彼女の強さを目の当たりにしている。アズサはそう思ったが、今日の様子を見て確信した。

 美利はまだ、全国で戦えるまでには蘇っていない。

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