乃子はどうするの?

6-1

「あ、はい。すみません。ちょっとそれは……はい」

 憂鬱な電話だった。取材依頼である。

 乃子は、子供の頃も一度取材を受けたことがあった。「未来へはばたけ将棋っ子」という特集だった。

「乃子、断ったの?」

「うん。最近全然会ってないし」

「そう」

 母親は、聞かずともいろいろと察することができる。乃子が冠や蓮真と会っていない、連絡もほとんど取っていないだろうことは察していた。

 今回乃子が断ったのは、「未来での三人について」というものだった。あの時将棋を指していた子供たちは、何年後かに大学の全国大会で優勝を争うような活躍をした。乃子はアマ女流のトップにもなった。そのことを情報番組内で紹介したい、というものである。

 いやいや、私は将棋を指していないし、三人の関係は終わったのだ、と乃子は思った。三人で県立大に行こうと約束して、乃子と冠は違う大学に行った。そのことにより「仲良しの三人」はなくなってしまった。さらには乃子と冠は恋人になり、別れた。今は皆がバラバラなのである。

「蓮真、受けたりしてないよね……?」

 乃子は不安になっていた。取材依頼は三人それぞれに行っているようだ。蓮真が語ることになれば、不穏な未来はある程度明らかになってしまうだろう。とはいえ、あまり面白くない話、楽しくない話は容赦なくカットされてしまうということを知るぐらいには、乃子は今まで取材を受けてきた。

 大丈夫だろう。冠は、嘘をつくだろうし。乃子は気にしないように努めた。



「立川さん、秋の新作です」

 鳴坂は、乃子が入って来るなりそう言ってケーキを差し出した。

「なんですか、これ」

「梨の蒸しケーキです」

「おいしそう」

 四時前、閉店間際に入ってくる乃子に試作品を出すのは、恒例になっていた。乃子は人付き合いに慣れないせいで、思ってもないお世辞を言うのが苦手である。そのため試食をしてもらうにはもってこいだ、と鳴坂は思っていた。

 椅子に腰かけた乃子の前に、紅茶も出される。乃子はゆっくりとも蒸しケーキを口にした。

「あ、練り込まれているんですね」

「そうそう。ちょっと地味かな?」

「名前次第じゃないですか? 生地に入っていることにプレミア感を出せば」

「あー、そういうの苦手なんだよなー」

 鳴坂の笑顔を見て、突然乃子は不安になった。こういう「いい人」は、いつでも自分に幸せを与えてくれるわけではない。この人はもともと旅人だし、誰かのためにふといなくなっても不思議ではない。

 ケーキ屋があることは、バイトをする上での大きなモチベーションになっている。乃子はそう思った後で、少し訂正した。ケーキ屋でゆっくりできること、安心して話せる人がいることは、だ。

 それを失ってしまうかもしれない恐ろしさが、急に胸の内を襲った。蓮真や冠について考える機会があったせいだろう。青春のほとんどだと思っていた仲間が、今はいない。青春のすべてだった将棋を、今はしていない。それを考えれば、ケーキ屋の店主を失うことなど、あまりにも簡単ではないか。

「あれ、まずかった?」

「いや、あの……人生が不安になって」

「えー!?」

「あ、いや、今のなしで」

「まあ、不安になるよね」

 鳴坂はうなづいた。乃子もとりあえずうなづいておいた。


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