5-5

 勝った。

 美利は、しばらく放心していた。最初はうれしかった。ただ、冷静になってみるといいことばかりではなかった。

 もう一度当たれば、負ける。

 何度も経験があることだ。勝負するまでは、相手の心にどこか隙がある。しかし一度対戦してしまえば、十分に警戒されてしまう。

 アズサは、一日で二度勝てるような相手ではない。あとは、くじ引き次第……

 ただ美利は、二回当たるのもいいかもしれない、とも考えていた。対局が楽しかったからである。

 そう、将棋は楽しい。

 やめてから、何年もたつのだ。将棋がなければ、残酷な出会いをすることもなかった。それでも美利は、一度も将棋を嫌いになることはなかった。そしての子と再会した時に、思ったのだ。「将棋の方から、私を迎えに来た」と。

 2連勝したので、決勝トーナメントまでは時間がある。美利は会場を出て、「先生」に電話をした。



「強いんだなー」

「お母さん、本当に強いんだ」

 乃子と将彰は、縁側に座っていた。先ほどまでは庭でサッカーをしていた。

 美利から電話がかかってきて、アズサに勝ったこと、予選を通過したことを伝えられた。

「強いけど、思ってたよりも強かった」

 乃子からすれば、十数年のブランクはとてつもなく大きいように感じられた。学生の時、テスト期間中に二週間将棋を指さないだけで(実際にはイライラした時にネット将棋を指していたが)、弱くなってしまっていると感じていた。

 美利は、ずっと将棋に触れない生活をしてきた。ここ数か月でできたことと言えば、実戦経験を少しだけ積んで、乃子に「負け方」を学んだぐらいである。しかし美利は、それだけでも昔の強さを取り戻しつつあるのだ。

「優勝できる?」

「どうかなー」

 もう一度当たればアズサが勝つだろうと、乃子も考えていた。あとは、くじ運である。

 それから四時間ほどあって、今度はメッセージが届いた。そこには、アズサと美利が代表になったと書いてあった。

「くじ運も、強いのかもね」

 乃子は笑顔とも苦笑ともとれる表情をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る