5-3
アズサは、しばらく呆然としていた。会場に乃子はおらず、名前もなかったのである。
松原に騙されたか、と思ったが、何らかの事情があって来場できなくなっただけかもしれない。
正直なところ、乃子が来ないとなれば誰にも負ける気はしなかった。
会場がざわつき始めていた。何人かがアズサの名前が書かれたリーグ表を見ている。いつも出ているのに今更なんで? と思ったが、見られているのは別の人の名前のようだった。
庭尾美利。聞いたことがある気もするが、アズサはすぐには思い出せなかった。
遠い昔。アズサが将棋を始めたころ。
「近所に、すごい強いお姉さんがいるから」
そう言ったのは、乃子だったか。
「美利さん! もうすぐ女流棋士になるの」
美利。庭尾美利。結局女流棋士にはならず、どの大会にも出場していなかった人。
年齢は、30ぐらいだろうか。合致する見知らぬ顔は、隣のテーブルに座っていた。同じリーグ、ということは次戦で当たるのではないか?
いると思っていたライバルが現れず、突然思いもしなかった強敵が現れた。アズサの気持ちが整わないうちに、大会は始まった。
同じリーグやん!
美利は内心焦っていた。
しかし、予選で負けても、あと2勝すれば問題ない。そして、決勝トーナメントはまた別の山になればいいのである。
1回戦の相手は、セーラー服を着た女子高生。アズサ以外の名前は全く知らず、対戦したこともない。誰がこようが一緒、との思いで対局に挑んだ。
女子高生はしばらく、美利の頭部から目が離せなかった。将棋を指す人で金髪は少ない。「怖い人」と感じたのである。
その予感は、ある意味当たっていた。彼女は庭尾美利の名前を知らなかった。初めて大会に来た人、ひょっとしたら弱い人かもしれないとすら思ったのだ。序盤は少し有利になった。しかし、中盤以降の美利はがんがんと攻めてきて、すっと自陣に手を入れた。それにより、はっきりと形勢に差がついていた。
「負けました……」
美利の完勝だった。そして数分後、アズサも勝利した。
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