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「よし」

 内定書を見ながら、アズサはガッツポーズを作った。

 就職活動を終えられる。それは彼女にとって何よりもうれしいことだった。アズサはあまり人当たりがよくない。目つきは鋭く、ぶっきらぼうである。就活では印象をよくするために、マイナスからスタートして努力を重ねねばならなかったのである。

 「真面目に勉学に励んでいる」様子をアピールして就職先が決まったのだが、アズサは授業をさぼった。将棋にかける時間を、ようやく取り戻せたのである。「勉強なんか」している場合ではないのだ。

 むさぼるようにネット将棋を指していると、外が暗くなっていた。時計は、十時を示していた。

「おなかすいたー」

 アズサはベッドから転がり落ちて、受け身を取るようにして立ち上がった。服を着替えて、鍵と財布をポケットに放り込む。

 コンビニで夕食を買って帰ってくると、スマートフォンが光っていた。表示されていたのは「かんむり」という文字。

「は? 誰?」

 しばらく腕組みをして考えていたアズサは、一分ほどして唇を尖らせた。

「松原か」

 松原冠。名前は「かん」だったが、子供のアズサにはそれがわからず、「どんな字?」「かんむり」と聞いてそのまま登録していたのだ。

 アズサは折り返しの電話をかけた。話したいわけではなかったが、気になったまま食事をとるのも嫌だった。

「ああ、もしもし。アズサちゃん? 久しぶり」

「うん。何か用?」

「あー、乃子は元気?」

「は?」

「え?」

「立川さん? なんで私が知っていると思ったの」

「え、だってそっちに……」

「いるの?」

「知らなかったのか。ああ、気にしないでくれ」

 おそらくこの男に蓮真のことを自分に聞く勇気はないな、とアズサは思った。二人にはそれ以上話す話題はなかった。

「じゃあ、また」

「はい」

 十年で初めての電話だぞ、という言葉をアズサは飲み込んだ。それぐらい切羽詰まっていたのだろう。

 立川乃子が、こっちにいる? それは、心をひたすらざわざわさせる情報だった。全国大会で倒すべき相手が、地区予選に出てくる? それならば、手間が省けるともいえるし、準備期間が短くなってしまうという見方もできる。

「あー、余計なこと考えさせる」

 蓮真に電話しようと思ったが、やめた。彼が乃子のことを知っていても腹が立つ。

 コンビニの袋を目にして、アズサはどっかと腰を下ろした。

「おなかすいてたんだった」

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