初那大の夢
4-1
予定より半年も遅い。そして今日を逃すと、もっと遅くなってしまう。
電車は好きではない。そもそも人が多いところは好きではない。将棋会館も嫌いだ。
それでも初那大は、鋭い眼光を保ち続けた。
意を決し、将棋会館までの道を急ぐ。
今日は、奨励会のある日だった。そして初那大は初めて、昇級の一番を迎えていたのである。
約一年、勝ったり負けたりを繰り返し、ずっと6級のままだった。自分より若い子たちが、5級や4級に上がっている。中学生で段位者になった者もいる。
周囲は「天才美少女」とはやし立ててきたが、「美少女」に関しては誇張であると初那大は感じていた。彼女は、自分のことただのを天才だと思っていた。女性初の四段になり、タイトルをとって、引退する天才。
足踏みしたものの、上がり始めたら止まらない。そういう天才のストーリーが、まだ彼女には実現可能なのだ。
膝の上にハンカチを置いて、その上に扇子を置く。めったに手にすることはないのだが、いざというときの武器であるかのように、扇子は彼女に安心感を与えた。
初那大は、超が付く攻め将棋である。とにかく攻める。攻めて攻めて攻める。攻めが切れたら終わりだ。
今日の対局も、一方的に攻めていた。終盤、攻めが細くなった。詰めろが解けたら終わりだ。
初那大は、自陣の角を手にした。そして、歩を食いちぎる。相手が、目を見開いて飛び上がった。角を取るしかない。そして取られた一歩が、盤上に放たれる。
「負けました」
二人の子供が、深々と頭を下げた。勝った初那大の方は、なかなか頭を上げなかった。
天才だから、当たり前なのだ。けれども彼女は、初めての昇級がうれしくて仕方なかった。
「川瀧さん昇級かあ」
奨励会の結果を見ながら、乃子はつぶやいた。
彼女は、以前よりもさらに川瀧初那大に興味を持ち始めていた。自分に勝利した相手としてでも、珍しい女性奨励会員としてでもない。今は人間としての初那大に興味がわいているのである。
彼女は、なぜ将棋を始めたのだろうか。どうやって強くなったのだろうか。誰に教わったのだろうか。何のためにプロを目指すのだろうか。なぜ、あんなに自信家なのだろうか。
東京でプロを目指す者と、地元に帰ってきたアマ。今後、交わることのない相手とは思う。それでももう一度ぐらいは、どこかで会ってみたい。
けれども、大会には出たくない。
「あーやだやだ」
乃子は頭を振って、スマホから目を離した。
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