3-4

 乃子が外に出ると、駐車場に将彰が座っていた。まっすぐに乃子を見つめる。

「ありがとう」

「あ、ケーキ、おいしかったよね」

「うん。それだけじゃなくて……母さんと将棋を指してくれて」

「そんなたいしたことしてないよ」

「したよ。だって、将棋が指せたんだもん」

 乃子は少しきょとんとした後、ゆっくりとほほ笑んだ。

「そうね。うん、また来るよ。じゃあね」

 乃子は手を振りながら原付に乗った。

 将彰は、乃子が走り去っていく後姿を見つめていた。

 何度も、見送ってきたことを思い出した。

 朝、母親は仕事に行くため、七時台に家を出る。将彰が学校に行くよりも早い。祖父も、早めに家を出る。祖母だけが、将彰を見送ってくれた。そんな彼女も、九時前には畑に行くのだが。

 早く、楽できるようになってほしい。そうしたら、甘えられる。

 そして将彰は、だんだんとわかってきたのだった。母さんに必要なのは、心の支えなんだ、と。家にいるときも、無理をして明るく振舞っていることが多い。

 母さんは将棋のことを、ずっと引きずっているのかもしれない。小学四年生の頃から、彼はそのように考えた。そして、直接言ったのだ。「指しなよ、将棋」

 将彰は、母親に再び将棋を指してほしいと願ったのである。



 原付で、山中の道路を走る乃子は、不思議な心のモヤモヤを感じていた。美利が弱くなっていることについては、受け入れ始めていた。十年以上指していないのだ、当然だろう。どこまで復調できるか、現代将棋に対応できるかは未知数だ。しかしまだ若いし、今より弱くなるということはないだろう。

 では、引っかかっているものは何なのか。頭の中に、将彰の表情が残っている。真剣にお礼を言う少年の、顔。そこに、何を感じているというのか。

 既視感だ。そう気づいた時には、家が近づいていた。乃子は考えるのをやめて、さわやかな、仕事でも交友関係でも充実していそうな顔を作った。


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