3-3

「すごい盤」

「おじいちゃんのでね」

 美利が用意したのは、六寸番だった。古いわりに線がしっかりしており、目盛り直しをしてもらったことがわかる。

「おじいさん、将棋好きだったんですね」

「プロ」

 美利は、少し寂しそうな顔をした。

「えっ」

つつみ六段」

 乃子は驚く準備をしていたが、ピンとこなかった。

「あー」

「無理しなくていいよ。有名じゃないし、結構早く引退したから」

「そうなんですね」

 彼女の祖父ともなれば、今から何十年か前に活躍した人だろう。過去のプロ棋士をすべて知っているわけではないのは当然だが、それでも乃子は、何かが申し訳なかった。

「あの時はむっちゃ怒られたなー」

「……やめた時ですか?」

「やめるって報告しなかったとき、かな。すっごい楽しみにしてくれてたしね。将棋もいっぱい教えてくれた」

「今は……」

「七年前に亡くなったの」

 乃子は、物語を感じて少し戸惑っていた。プロ棋士だった祖父の願いを、かなえられなかった孫。彼女は今、再び大会に出て、プロと戦おうと願っている。

 失恋がもとで頑張ることをやめてしまった自分とは大違いだ。

 勝てるのだろうか。そんな強い思いの人に……

 駒を並べていく。古い駒は、やはり高級なものだとわかった。乃子の家にも、大学の部室にもこれほどのものはなかった。

「振って」

 促されて、乃子は歩を五枚手の中に包んだ。実績でも年齢でも自分が劣っていると思ったが、教えてくれと頼まれたのだから「上位者」として振舞うべきなのだろう。歩が四枚出て、乃子の先手になった。

「お願いします」

「はい、お願いします」

 二人は深々と頭を下げた。



 これが……美利さん?

 乃子は、指しながら戸惑っていた。

 二人が対局するのは、約十三年ぶりである。当時乃子はまだ小学生で、美利は女流育成会に入っていた。力の差は歴然としており、乃子は一回も勝利したことがなかった。

 あれから乃子は強くなった。しかし相手は、プロの一歩手前まで行った人である。苦戦するのではないか、と予測していたのだが。

 大差がついていた。序盤で作戦勝ちになり、そのまま差を広げていた。乃子は、負ける気がしなかった。

 ブランクとは、こういうものなのか。今表れている差はきっと、乃子が最新定跡を知っているとか、大会でもまれたとか、そういうことではないのだ。

 体が、頭が、将棋を使いこなせているかいないかの違いなのだ。

 乃子は、自然といいところに手が行く。そういう風に出来上がっているのだ。美利もかつてはそうであったに違いない。しかし今は、ひねり出すようにしてなんとか局面を乗り切ろうとしている。自然ではない、自然では勝てない状態なのだ。

 13年の時間は、残酷だ。あんなに強かったお姉さんが、消え去ってしまった。

 乃子は手を抜かなかった。最強の手で勝ちに行き、相手玉を詰ました。

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