将彰の願い
3-1
小学生の時、将彰は二つのことを知ってしまった。一つは、母が昔女流育成会というところにいたことである。授業で「インターネットを使ってみよう」ということがあり、母の名前を検索したら出てきたのである。
もう一つは、自分は将棋が強いということだった。最初は友人と戯れで指してみただけだったが、全く負けなかった。そして就学旅行の時に、将棋クラブに所属するという隣のクラスの男子と指した。それも、勝ってしまったのである。
将棋、どこまで強くなれるんだろうか。将彰は考えてみた。しかし、母親には決してそのことを言わなかった。年数を計算してみると、庭尾美利が育成会をやめた理由は明白なのである。
自分が生まれるからだ。
父親のことはよくわからない。ただ、父親がどこかに行ってしまったということは知っている。大変苦労して、自分を育ててくれた。そんな母親に向かって、自分は将棋を指してみたいとは言えなかったのだ。
中学生になり、サッカーを本気でやっている、ように見せている。ただ将彰は、レギュラーになりたいとか全国に行きたいとか、そういう気持ちは抱けずにいた。
まずは母親に、好きなことをしてほしいのだ。もう、十分我慢してくれたと思う。
将棋をもう一度やりたいと聞いた時は、飛び上がるほどうれしかった。しかし彼はすました顔で、「ふうん、いいんじゃない?」と言ったのである。
乃子はベッドに寝ころびながら、スマホで奨励会の結果を見ていた。奨励会はプロ棋士になるために入るところである。四段になると、晴れてプロ棋士としてデビューすることができる。しかし年に四、五人しかプロになることはできない。
現在、奨励会には二人の女性が所属している。そのうちの一人が、昨年入会した川瀧
ビッグマウス、と多くの人は感じただろう。まだ、奨励会で四段になった女性すら一人もいないのである。しかし乃子は、この子なら実現できるのかもしれない、と思った。
しかし、現実はそんなに甘くなかったようである。入会から約一年、初那大は一回も昇級できず、ずっと6級のままだった。降級してしまう者や、すぐに退会する子もいる。そう考えれば食らいついている、と言えるのかもしれない。だが、期待の大きさに比べればやはり、であった。
乃子もかつて、奨励会を勧められたことがある。だが、心は全く揺らがなかった。それは、つねに冠の方が強く、そして冠が奨励会に興味なかったからである。
校区でも一番になれないならば、プロ棋士になんてなれるはずがない。
そう考えると、初那大の周囲には、彼女を打ち負かしてくれるような存在がいなかったのかもしれない。もしあの時自分がそういう存在になれれば……乃子はそう考えた後、首を振った。
初那大は自分とは違い、乗り越えられるタイプの人間かもしれない。女性初の四段に、なれるかもしれない。
乃子はスマホを置いて、頭まで布団をかぶった。
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