2-3

「タバコ臭いな」

「親父のだから……」

 助手席でアズサが唇を尖らせていた。

「蓮真は買わないの、車」

「俺は、将来の俺が信用できないからなあ」

「どういうこと?」

「ローン組みたくない」

 蓮真は実家から電車で仕事に行っている。車の方が便利だとわかっていたが、お金があっても車は購入しないかもしれないな、と思った。電車が勝手に町まで運んでくれるのは、とても楽だ。しかし車は、自動車という名前ながら、人間が動かしてやらなければならない。

 蓮真は今、とても緊張している。将棋と違って、運転では一回のミスが命取りである。事故を起こしてしまえば、終盤で挽回することはできない。

「ちょっと、見たことない顔してる」

「それは見れてラッキーだぞ」

「蓮真、意外と苦手なこと多いよね」

 40分ほどして、二人は動物園についた。蓮真は幼いころ、よくここに連れられてきた。

「大丈夫かな」

「えっ」

「アズサ、殺気強いから動物に警戒されるかも」

「ひれ伏してもらえるかもね」

 そう言ってアズサは蓮真をにらみつけてみた。

「こわいわー」

 そう言いながら蓮真は笑った。

 二人は動物を見て回り、餌やり体験などもした。アイスクリームを買って食べたり、おみやげ店に入ったりもした。

「蓮真はさ、ここら辺に住んでんでしょ」

「まあ、おおざっぱに言えば」

「けっこう田舎の人だ」

「そうね」

 蓮真が住んでいるのは、山を切り開いて作った新興住宅地である。アズサは、隣県の都市部で育った。

「住んでた町、見て帰りたいかも」

「俺が?」

「うん」

「わかった」

 二人は、帰路に就いた。アズサに促されるまま、蓮真は実家の方へと向かった。

「農園レストランとかできてたんだな」

「知らなかったの?」

「意外とこっち来ないから。近いんだけど」

 蓮真の表情が少し曇ったのを、アズサは見逃さなかった。それに気づかれていることに、蓮真は気が付いていなかった。

 山道の中に、一軒の家が現れた。大きな家だ。蓮真は黙っている。アズサは目を凝らしていた。

 立川。表札に書かれていた。

 蓮真は黙っていた。




<教えてもらったりも、できないかな?>


 美利から、メッセージが届いた。

 乃子は、将棋をやめたことを伝えた。それでも美利は、諦めていないようだった。そして、実際、乃子はきっぱりと断ることはできなかった。


<少し、考えさせてください>


 美利には、とてもお世話になった。多くのことを教えてもらった。だから、彼女に何かをお返しするのは義理として当然なのかもしれない。

 けれども乃子は、怖かったのだ。また、ずるずるとどこかに連れていかれてしまうのが。

「でも……」

 将棋をしない日々が、ひどくつまらないとも感じていた。彼女には、将棋以外の趣味がなかったのだ。週三日働くようになっても、それ以外は相変わらず家の中でダラダラと過ごしていた。これじゃだめだ、と思いつつ、どうしていいのかわからずにいた。

「どうしよう」

 悩みながらも、彼女はぐっすりと眠りについた。こうしていつも、明日の自分にすべてを任せてしまうのである。


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