1-4

「やった」

 冠が勝利した瞬間、乃子は小さくつぶやいた。

 今から八年前、団体戦予選。中学生の三人組は、決勝まで勝ち上がってきた。しかし、乃子はあっという間に劣勢になり、敗北してしまった。残りの二人を、祈るような気持ちで見守り続ける時間が続いた。

 そして蓮真が勝ち、冠が勝ち、三人のチームは優勝して代表となったのである。

 冠と乃子は個人戦でも活躍しており、全国でも十分上位を狙えるチームだと思われていた。とはいえ、本人たちにしてみれば、三人で全国に行けるということがうれしかったのだ。

 ただ、全国では結果を残すことができず、悔しい思いをした。そして三人は、別々の高校に進学することになったのである。

 あの時が、一番楽しかった。乃子はそう思う。

 乃子と冠は、高校に入って急激に強くなった。冠は個人戦で全国大会準優勝を果たし、乃子は女子の部で優勝した。周りから見れば、大成功の二人だっただろう。

 蓮真は伸び悩んでいた。それでも彼は、会ったときには目を輝かせて言ったのである。

「三人で県立大に入って、また団体戦で一緒に戦おう」

 乃子もそのつもりだった。そうしたら、また将棋が楽しくなると思っていた。

 友達と、気兼ねなく過ごせる魔法。乃子にとって将棋は、そういうものだったのである。

 しかし、友達の一人は、恋人になった。結果的に、もう一人の友達を失うことになるのである。



「立川さん、これお願い」

「あ、はい」

 今日は、客が多い。テーブルの後片付けをして戻って来るなり、料理を運ぶことになった。

「お待たせいたしました」

 テーブルには、金髪の女性と活発そうな少年が座っていた。姉弟にしては少し年が離れているように見えた。

「立川さん……なの?」

「え、あ……はい」

 声が聞こえていたのだろうか。乃子はどぎまぎした。

「乃子ちゃん?」

「え、そうです」

「覚えてない? 庭尾。庭尾美利」

「えっ、美利さん……美利さん?」

 乃子は、目を細めて女性を見た。乃子が知っている庭尾美利は10代の黒髪少女だったのである。最後に会ってからかなり経つので、同じ人物という確信が持てなかった。

「母さん、知り合い?」

「うん、昔一緒に将棋指したのよ」

「え、あ、本当に美利さんだ……あ、すみません、仕事があるので」

「ごめんね、呼び止めちゃって。久々に会えてうれしかった」

 乃子はぺこぺこと頭を下げながら、裏の方へ戻っていった。

「子供だった……」

 乃子は両方のほほを手で押さえながら、目を丸くしていた。

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