赤ちゃん公爵ビンセントは、チョコレートを贈る

岡田 悠

第1話 赤ちゃん公爵ビンセントは、チョコレートを贈る

父亡き後、この世に生を受けたビンセント。


それは生まれながらにして公爵家の家長としての宿命を背負ったことを意味していた。


この物語は、赤ちゃん公爵ビンセントの、のほほんとした成長記録と滑稽かつ温かな家族の絆である。






 ぼくの名まえは、ビンセント・オブ・ノーリッジ・Ⅱデューク・オブ・フランシス。


フランシス公爵家の家長にして、赤ちゃんだ。


赤ちゃんなので、まだ0歳の乳飲み子だ。


かわいいだろう?


だが、ぼくはただの赤ん坊ではない。


ぼくは、人並みに何もできない赤ん坊だが、天才なのだ!


どう天才か、教えてやろう。


ぼくは、暴力による人心掌握を可能にした天才なのだ!


現にセバスチャンは、『アイアンクローりんご事件』より心を入れ替え、真面目に働いている。


さらに、ぼくに対して従順な態度だ。


今日も今日とて、ぼくの子供部屋執務室で、ぼくをカウチに寝かせている。


セバスチャンは、クッションを床に置きそこへ座っている。


ちょうど、ぼくと目線があっている。


「坊ちゃん、絶対、言葉理解してますよね」


セバスチャンの方に顔を向ける。


「ヴう~ぅ」


「えっ?なんですか?」


「ぶぶぶぶぶぶぶぶ」


「ぶぶぶって?なんかダメってことですか?」


そうだセバスチャン!


でかしたぞ!!


『坊ちゃん』とよぶな!!


「顔が怖ぇんだよな……なんでかなぁ~」


セバスチャンは、ぼくの愛くるしい顔をまじまじと見た。


「ああ!眉間の皺!!っていうか赤ん坊がそんな険しい顔するかな~」


セバスチャンは、ぼくの額に指をさした。


セバスチャン!!いい大人が、人の顔に指をさすな!!


「坊ちゃん……」


「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ!!」


だ・か・ら・坊っちゃん呼びも……。


「あっー!!もしかして、『坊ちゃん』って言われんのが嫌なんすか?」


なぬっ!


そうだセバスチャン!


正解だ!!


「っつうか、赤ん坊にそんなこと言っても……、いや、いや、いや、絶対坊ちゃん、あっいや。旦那様?公爵様?いやぁ~、とりあえず、『ビンセント様』に逆らわない方がいいよな」


そうだセバスチャン!偉いぞ!!


こうしてぼくの意図をくみはじめたセバスチャンとは、いつの間にか距離が縮んだ。


「ビンセント様?オレ、好きな子がいるんですよ」


まさか、母上ではあるまいな?


ジロリ。


「また、眉間に皺寄せないでくださいよ~。怖い顔して」


ぼくは、だいぶ迫力がついてきたようだ。


ぼくのひと睨みに大の大人のセバスチャンがひるむのだから。


フッ。


よわい0歳にして、公爵としてのオーラを身につけてしまった。


「奥様じゃないですよ、ご安心を。おそれ多いですよ」


前は、添い寝を希望していたが、いい大人が、恥ずかしいと反省したか。


「辻のパブの看板娘のアニーちゃんからチョコもらえたら、最高なんだけどな~」


「ああっ(チョコ)~?」


「……ビンセント様その疑問形の時に、しり上がりに『あ』を発声すると、ガラ悪いんですが……」


「ぶぶぶっううう(どうしてだ)!?」


「まぁいいです。おいおい教えて差し上げます。なんか若干ガラ悪いんだよなぁ~。ああ、質問は、もしかして、チョコのことですか?」


こっくり。


さすがだ、セバスチャン。


「いつのまにか、そんなに首動かせるようになったんですね」


そうだセバスチャン。


ぼくの進歩は日進月歩だ。


「なあんかまた、キメ顔して……やっぱ、ちょっと強面こわおもてなんだよな~」


バシンっ!


「いたっ!暴力反対ですよビンセント様!普通の赤ん坊と違って怪力なんですから」


うっ、スマン。


つい。


「もぉ~反省してください」


「ううぅ(スマン)~。うぶぶぶ(セバスチャン)」


セバスチャンは、ぼくをチラ見した。


「謝っていただけたようなので、許して差し上げます。でも、短気はダメですよ、ビンセント様。ビンセント様は、明確な意思はおありのようですが、口が思うように動かず、まだ、おしゃべりがうまくできないだけです。癇癪を起こしてはいけません。だって……大人になっても、ままならないことはいくらでもあります。特に、は、何を考えているのかわかりません……」


とっぷりと日が暮れるまで、ぼくはセバスチャンのアニーに対する愚痴を聞いてやった。


結局、チョコは何なのか。


疑問が残ってしまった。


「オレ、アニーちゃんからチョコこほしいんすよ!どうしたらいいんですか!?ビンセント様!!」


セバスチャン、いい大人は、赤ん坊に悩みを相談しないものだ。


だが、安心しろ。


ぼくは、赤ちゃんだが公爵。


しかも天才!


セバスチャンの悩みを解決してやろう!!


ぼくは、セバスチャンにいつかのガラガラの柄を目の前に突き出した。


わかるか?セバスチャン。


受け取れ。


人間、不可能なことはなにもな……


「ハッ!ビンセント様!もしかして、チョコをオレがつくってあげればいいんですか?」


うんっ?


いやっ、当たって砕けろの精神でだな、気持ちを打ち明ければいいのではないかと諭すつもりだったのだが。


「そうですよね!もらうことばっか考えてちゃダメってことですよね!こっちからあげちゃえばいいんですよね!?」


解決してしまった……。


セバスチャンは、小躍りしながら子供部屋執務室を出ていった。


フぅー。


召使たちの悩みや困りごとを解決してやるのも主の大切な役目。


これで、ぼくも安心してお昼寝ができる。


フぅー。


やれやれだ。




 次の日、ぼくは午前中だというのに、うつらうつら舟をこいでいた。


昨日のお昼寝が短かったせいだ。


しかたない、大事なセバスチャンの悩み事だ。


ぼくは、今日も子供部屋執務室のカウチでトレーニングに励んでいる。


早く、不自由なく体を動かせるようになりたい。


「ぼっちゃ~ん!じゃなくて、ビンセント様~」


セバスチャンが、両手に銀色の四角い何かを抱えて勢いよく入ってきた。


「おううう、(落ち着け)うぶぶぶ(セバスチャン)」


「ビンセント様、これがチョコ、いえ、チョコレートです!!」


ぼくが横になっている目の前に、銀の四角い器に入った甘い香りのする何かを見せてくれた。


泥?


いや、それにしては……


手をのばし、焦げ茶色の物体に触れた。


むにっとする。


「あああ~、だめですよビンセント様」


ぼくの手をセバスチャンが、ハンカチで拭ってくれた。


「あああっ!坊っちゃんの手形が……作り直しか……」


セバスチャンが、ガックリと肩を落とした。


「にぎやかですね。セバスチャン」


「おっ奥様?」


「ビンセト坊やとお散歩でもと……?なんですかこれは?」


「奥様、こちらは、チョコレートです」


「?わたくしの知るものより柔らかいですね……」


「はい、『トリュフチョコ』なるものです」


「?なんですか?この模様は?」


「あっそれは、ビンセント様がふれたたので、手形が……」


「まぁ?なんて愛らしい。こんなに愛らしいチョコは初めてです。そういば、もうすぐバレンタインデーですね。思えば、あの方には送るばかりでしたから…」


母上がぼくを見る。


でも、ぼくを見ていない。


あの遠い目をする。


あの方、つまりは父上を思いだしておいでなのだ。


ぼくの真横でのやり取り。


届きそうで届かない世界の話……。


ぼくは、セバスチャンの手を力いっぱいはたいた。


銀の四角い器は、母上の膝の上に落ちた。


「あっ!?」


「まぁ?」


「ビンセント様!!」


「セバスチャン、怪我はない?なければ、怒らないであげて。まぁ、ありがとうビンセント坊や。わたくし殿方からバレンタインのチョコレートを頂いたのは、初めてです」


母上は、ニコニコしながら銀の器ごと手にした。


「しかも、こんなに愛らしいデザインのチョコは、二度とないでしょうね」


ハッピーバレンタイン、母上。


だから、どうかそのように寂しいお顔をなさらないでください。


ぼくが、母上に毎年チョコをお贈りいたしますから。




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