魔術学園の女神様

Shirousagi

Ep00 女神様とのお昼ご飯

魔術学園の女神様 EP00 プロローグ


 俺は教室の窓際、さらに云えば一番後ろの席に座り、スマートフォンを眺めながら、はぁ、とため息をつく。教室内には俺と友人だけが一足早く来ており、そのため息は静かな教室の中では教室の廊下からでも聞こえるほどのものだっただろう。

 とこ、とことした音と共に綺麗な声が聞こえる。


 「おはよう、緋彩さん」


 それは例えて云うならば、小鳥のさえずりのように聞いていて飽きないような感じだ。俺の表現の本棚が不足しているため、これが精いっぱいの表現である。

 水無月雫。それが彼女の名前である。目鼻立ちが良く、滲み一つない白雪のような肌。触れなくても、分かる程、肌艶はよくはりがある。体のラインは女性らしい丸みがありながらも、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。女性の体形としては最も理想の体型とも云えるだろう。そんな彼女を見れば誰もが記憶に残るであろう。だが、彼女を見て、第一に記憶に残るものは彼女の髪である。シルバーブロンドの艶やかな髪は生まれながらの稀な髪色であるが、太陽に照らされれば綺麗に透き通っていた。そんな美貌を持ちつつ、学力においては、学園随一であると云える。定期考査を行えば、ほとんどの教科において、満点を獲得し学年一位なのだから、天から与えられた二物と云われても仕方はない。彼女が自らを律し、努力して獲得したものであろうとも。性格は他を気遣う優しさがあり、女性からも、男性からも受けがよい。そんな彼女に与えられた称号は”女神”である。

 その”女神”と俺は同じクラスに所属するクラスメイトである。更に云うのであれば、窓際の俺の席の右隣である。そのせいで、俺は男子生徒から常に恨みがましく見られているのだから、早く席替えして、平穏な日常を送りたいものだ。それが、この学園で出来ないことなのだから。彼女は俺の隣の席に必ずなってしまうことなど、今の俺に知る由は無い。


 「今日はとても天気が良いですね」


 俺はスマートフォンを眺めるのをやめ、窓側に視線を変える。そこには、一面がスカイブルーの蒼い空が広がっていた。雲一つない綺麗な空。空一つとっても、良いことは分かるが、気温、湿度も丁度いい。昨日までのじめじめとした、空気はどこえやら。


 「だな、傘というお荷物を待たなくて済みそうだ。何より天気が良いから、今日はお昼寝日和だ」


 「そうですね。それでも、折り畳みは持っておいたほうがよろしいかと。あと、幾ら天気が良くて、お昼寝日和でも、授業中寝るのは駄目ですよ」


 俺は彼女の後半部分はスルーし、会話のキャッチボールを続ける。


 「そうか?俺は少しでも鞄は軽くしておきたいんだが」


 「そうですか、であればロッカーに閉まっておけばいいだけなのでは?」


 「なるほど」


 そこまでは考えてなかった。だが、それには一つ欠点がある。それは


 「学園のロッカーってさ、小さいよな。教科書とノート、入れたらもう入りきらないんだよな。毎日毎日、教師からプリント貰って、ロッカー入れてたら、もう無理だよな」


 「それは、恐らく、緋彩さんだけかと」


 彼女は俺のロッカーを想像し、どのような事態が発生しているのか、おおよそは見当がついたらしく、苦笑して云った。彼女はそこには言及しなかった。そして、話題を変えた。


「失礼かもしれませんが、その鞄には何が入っているのですか?」


 全然、話題変わってなかった。ほぼ、遠回しに訊いている。


 「別に失礼ってほどでもないんだが……見るか?」


 「よろしければ」


 俺は黒いリュックサックのファスナーを下げ、開く。そこに入っているのは……


 「残念だが、何も入っていないんだ」


 彼女の眼は一瞬、残念そうにしていたのだが、それは見なかったことにしておこう。


 「俺はどこぞの阿呆と違って、変な雑誌とか漫画本とか持ってきていないんだよ」


 「誰が阿呆だ」


 俺のボケをちゃんと拾い、ツッコミを入れたのは風流翔。俺の友人である。整えられた茶髪の短髪は、爽やかな好青年を思わせる。イケメンの分類に入るほだと思っている。彼は俺の前の席に座り、身体をこちらに向けていた。


 「あ、なんだいたのか、翔」


 「ずっといたんだが」


 「気づけなくてすまないな」


 「お前、俺の目の前に頭出せ、殴ってやる」


 彼は右腕で拳を作り、アピールして見せた。


 「暴力では何も解決しないぞ」


 「俺が満足さえすれば、それで構わない」


 「そう奴がいるから、犯罪は減らないんだ」


 こんな他愛もない話をしている間、彼女は俺の隣で楽しそうに聞いていた。


 「仲がよろしいようで、何よりですね」


 「仲が良すぎても色々大変なこともあると思うぞ」


 「そうですね。そう云えば、先程緋彩さんが大きなため息をつかれていたと思うの

ですが、どうかされました?」


 彼女が俺の右手に持つスマートフォンを眺めるため、近づく。彼女の肩が俺の肩に触れる。余りにも近づいたため、彼女からは甘い香りとレモンのような柑橘系の香水のような香りがした。それが、肩に触れる柔らかな感触と香りに俺のような年頃の男子高生には刺激が強すぎて、心臓の鼓動を高鳴らせていた。鼓動を抑えるべく、俺はスカイブルーの空を眺め、鎮めていた。


 「ゲームですか?」


 「あぁ、そうだよ。今日でこのゲームのリリース一周年でな。アニバーサリーガチャが始まったものだから、ため込んだ石を使ってたんだけど、爆死だった」


 俺の隣にいた翔は思い出し笑いなのか、隣でけらけらと笑うものだから、俺は右手で小突く。「痛ッ」という声が聞こえるが、無視だ。人の不幸を笑うのが悪いのだから、仕方ない。


 「爆死と云うのは?」


 「欲しかったキャラクターが当たらなかったんだ」


 「そうだったんですね、それは残念でしたね」


 「あぁ、二百連分だからなぁ」


 俺は思い出し、再びため息をつく。


 「あぁ、俺は課金勢、現実の金を使ってゲーム内のアイテムを買うことまではして

いないが、二百連分はこのゲームにおいては、石が十連分で三千個を使用するから、六万個の石を使用したんだ。もし、課金で手に入れたものだとしたら、五千個あたり、三千円だから、三万六千円だな」


 「三万六千円もするんですね、学生にはなかなか手が出せない金額ですね」


 彼女は三万六千円という額に驚いた表情を見せていた。


 「だろ、それをクエスト報酬やら、ログインやらで半年間ため続けていたんだがな

ぁ、それを……」


 「でも、いいだろ結果的に手に入ったんだから」


 「あれれ、そうなのですか?」


 「まぁ、そうだな……手に入ったよ。天井って呼ばれる、上限値に達すると、交換

できる方法で手に入れた」


 「そうでしたか。なら、良かったですね」


 「できれば、ガチャで取りたかったな。救済措置で手にはいるのと、ガチャで手に

入いるのでは、その時の高揚感や、達成感が違うからなぁ」


 「俺は天井まで引いている奴を見たのは初めてだったけどな」


 「うっせ」


 取り敢えず、翔をもう一度小突いておき、話題を変える。


 「にしても、この学園にいると異世界って感じだよな」


 そう、ここは異世界と呼ぶに相応しい場所である。理由は至極簡単だ。ここ、桜花島は絶海の孤島にありながら、日本で唯一、魔術を学ぶ学園であるのだから。     


 魔術、それは人類が自らに架せられた進化の限界を試行錯誤による研鑚を続けた先に限界の枷を外し、生み出された神秘の力である。昔はその強大な力故、魔法と呼ばれていたが、科学の進歩と共に誰もが使えるものとなり、価値を落とした結果、魔術と呼ばれるようになった。今なお、現代の科学を以てしても、起こせない現象もあることから、魔法も存在するが。それは兎も角、その魔術が日本に伝来したのは戦国時代の有名なお話により、ヨーロッパから技術を授かった。そこから、日本では少しづつだが、魔術者と云われる魔術を行使する者が増えたのだが、第二次世界大戦の裏で、魔術師が戦争に駆り出され、その殆どが戦死し、魔術者人口は減少傾向にあった。減少にあった原因は他にも、一家相伝と魔術を外部に見せることを嫌うという風潮があったということもあった。だが、近代の日本政府は今後起こるであろう第三次世界大戦、や周辺諸国からの防衛という目的で秘密裡に魔術を教える学園を5年前から始めた。その初の高校が、ここ桜花学園である。ちなみに桜花の意味はここが元は無人島であったときの名が桜花島といい、桜の木が数多く植えられていたからとのこと。


 俺たちはこの学園に入る際、幾つかのルールがあった。その中でも、五箇条とよばれるルールがこの学園の絶対不変のルールである。

 一つ、魔術は国家繁栄と防衛の目的のためであり、いかなる理由であっても他の行使を禁ずる。

 一つ、この学園入学後、外部に魔術を流出させないこと。

 一つ、魔術を日常生活において行使しないこと。

 一つ、魔術を行使できる区域は指定区域のみとする。

 一つ、魔術発展のため、指定区域内であれば、他生徒との決闘を可とする。

 以上、魔術学園五箇条は未来永劫、追加、削除を不可とする。

 これがこの学園にある五箇条である。この五箇条を基に作成されたのがこの学校の校則であるのだが、校則上、階級(クラス)制度や、決闘(デュエル)制度が生まれたわけだが、まぁ、そこは俺たちには関係のないことだ。なんせ、俺と雫は魔術の階級制度にも決闘制度にも興味を示していないのだから。まぁ、そこにいる翔は階級制度によるBクラスであるのだが、どうでもいいことである。


 「おい、今俺について何か考え事してなかったか?」


 「お前、自信過剰じゃないか?」


 「いや、いま絶対俺のこと考えたよな」


 「うっせ」


 再び小突く。


 「おまえいい加減小突くのやめろ、脳細胞が減るだろ」


 「小突く前から少ないだろ」


 「それは失礼過ぎませんかね、おい」


 俺は翔を無視する。


 「魔術なんて架空のお話の中だけだと思っていましたよ」


 「俺もだ」


 「でも、魔術が日常的に行使できないので、こうしていると普通の学園生活ですよね」


 「だな、まぁ、毎月10万円支給だから、日常生活でも少しは違うけどな。それでも、治安がいいのはいいことだ」


 「ですね。私としては魔術の授業で皆さんよりも機敏に動けないため、お邪魔になっていないか心配ですが」


 「水無月のこと邪魔なんて思ったことなんて俺含め誰も思っちゃいないと思うぞ。水無月は身体的なハンデを背負いながらも全力で取り組んでいる。定期考査前はクラスメイトに勉強も教えている。そうやっているから、みんなのやる気も上がるんだと思う」


 「そう……ですか」


 彼女はやや視線を外す。その仕草からも明らかに照れていることが俺には、ばればれなんだが。



 お昼になると、俺は朝買ったコンビニ弁当を机に上げる。


 「緋彩さんはコンビニのお弁当なんですね」


 「まぁな、学食は人が多くてゆっくり出来ないしな。特にランチルームのテーブル

争奪戦が面倒だ」


 「窓際の席は人気がありますからね」


 ランチルームは窓際からは自然の滝と木々が伺え、和の趣があるのが特徴である。見ていると心が安らぐとのことで絶大な人気がある。特に夏は窓を開けるだけで涼しい風が流れてくるのだから、学園側は電気代も浮き、一石二鳥である。


 「にしても、水無月はいつも手作り弁当だよな」


 「えぇ、弁当にしたほうが。栄養もバランス良く採れますし、経済的で良いんです

よ」


 「そうなのか?」


 「そうなんです」


 「俺は料理が出来ないから、経済的とはいえ、難しいな」


 「そうですか?私もそこまで得意とは云えませんが料理本を見ながらそれ通りに作

れば味は良いものができますよ」


 「そうか?料理本って結構大雑把な表現がされていて俺みたいな奴にいは理解不能なんだが」


 「料理の経験が足りないからだと思うので経験を積んでください」


 「はい」


 俺は彼女の弁当をやや気づかれぬよう見る。まじまじと見たら失礼だしな。彼女の弁当は確かに栄養バランスが良さそうだ。そして、彩どりよく構成されているため、食欲が増す。特に卵焼きが丁度良い黄の色。旨そうだ。


 「あの、卵焼きお好きなんですか?」


 「まぁ、そうだけど。なんで?」


 「ずっと見られていたようだったので」


 「俺そんなに見ていたか?」


 「えぇ」


 気づかれていたようだ。


 「悪い、食べづらかったよな」


 「いえ、そこまででは」


 「そうか」


 「もしよければ、食べます?」


 「え、いいのか?」


 「えぇ、良いですよ。緋彩さんの弁当を見ていると栄養が偏っていますので」


 確かに俺の弁当は唐揚げ弁当である。唐揚げが五つ入り、後は白米と少しのポテトサラダ。


 「ブロッコリーもあげますよ」


 「いいよ、水無月に悪いし」


 「いいのです。緋彩さんの栄養が少しでもバランス良くなればそれでいいのです

よ」


 「分かった。じゃあ、頂くよ」


 「はい」


 彼女は卵焼きを自らの箸で取ると、俺に向けて差し出す。


 「えっ」


 「違いました?」


 彼女は首を傾げる。本当に分かっていないのだろうか。


 「いや、水無月。それは……」


 「私の箸では嫌でしたか?」


 「そんなことない!だが、水無月はいいのか?」


 「えぇ、気にしませんよ」


 まじか。俺だけなのか、ここまで鼓動が高鳴り、頬が熱くなっているのは。


 「じゃあ、いただきます」


 「召し上がれ」


 俺は意を決して彼女が差し出す卵焼きを口にした。


 「どうですか?」


 「……旨いよ」


 甘さは控えめでありながら、出汁の効いた卵焼きはとても旨かった。が、しかし、恥ずかしさのせいで、味覚と脳がフリーズして麻痺しているが。


 「それは良かったです」


 彼女の微笑みは”女神様”の名に恥じないものであった。それだけはキオクしている。このキオクはたとえ、どんなことがあってもこれからも残り続けるだろう。


End Ep00 prologue

and 

Next Episode April



 

   

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