第12話 嵐の到来
運命を呪ったのは、後にも先にも、この時だけだった。
いつの間にか夏が終わり、カレンダーは十月になっていた。台風シーズンということもあり、また、安定しない天気の日が多くなった。
鬱々とした気持ちで、自分の席から窓の外を見ていた。大きな台風が近づいているという話で、既に風雨が強かった。
……父さんの転勤が決まった。詳しい話までは知らないけど、栄転らしい。一家揃って、東京へ引っ越すことになった。
香苗ちゃんには、まだ話していない。と言うか、切り出せなかった。不安がらせちゃいけないと思って、彼女の前では、できる限り普段通りに振る舞うように努めた。
チャイムの音。まるっきり聞いていなかったけど、授業の区切りが着いたらしい。その時、ポケットのスマホにプッシュ通知が来た。
『H県太平洋沿岸部に波浪警報発令』
……ああ、あの時みたいだ。
でもさ、どうして『ハロー警報』があって、『グッバイ警報』がないんだよ! せっかく香苗ちゃんと結ばれたのに! 始まったばっかりなのに! 前触れもなしで、もう終わりなのか!? ちくしょう、あんまりだ。あんまりだ……!
「悠平君」
「な、何? 香苗ちゃん」
「隠し事は、よくないぞ?」
気付けば、引っ越しの一週間前になっていた。昼休み、その日も雨だったから、教室で机をくっつけて香苗ちゃんとお弁当を食べているときに、聞かれた。
「うぐっ」
「相変わらず超正直だね、悠平君って。何? そんなに言いづらいこと?」
香苗ちゃんの笑顔が、ものすごく痛かった。だって、別れを切り出さなきゃいけないなんてできない! けど、何も言わずにサヨナラなんて、もっと嫌だ!
身体中の勇気をかき集め、意を決して、真実を話した。
「え……」
凍り付く香苗ちゃん。周囲のクラスメイトも、一瞬息を呑む。
「そ、ん、な……そんなぁ……!」
ぼろぼろと大粒の涙を流す香苗ちゃん。もういっそ、消え入りたいほどだった。
そして、その日が来た。先生が僕の転校を告げ、挨拶の時間がもらえた。仲良くしてくれたクラスメイト全員にお礼を言った。香苗ちゃんと、目が合った。泣いていた。こっちも、泣きそうだった。と言うか、泣いた。泣きながら、「みんな今までありがとう!」と言って、さらに泣いた。香苗ちゃんとのことを知っているクラスメイト達は、一様に、沈痛な面持ちだった。何らの抗いようのない自分が、呆れるほどに無力な自分が、ただ、悔しくて、情けなかった。
それから、香苗ちゃんとはメッセージのみの繋がりになった。これを幸いと言っていいのかどうかは分からないんだけど、彼女は僕の家の事情をよく理解してくれて、悲しみに暮れた通話はすぐになくなった。
けど、毎日だった彼女からの連絡が、次第に三日に一度ぐらいになっていき、一週間に一度ぐらいになって……と、段々と頻度が減っていった。もちろん僕からも連絡はしたんだけど、なんだか妙な気まずさがあって、話がうまく出来なかった。
やがて、半年が過ぎた。四月。三年生になった僕は、始業式があった日の夜、香苗ちゃんから衝撃的なメッセージを受信した。
『告られた』
たった一言。けど、その破壊力はメガトン爆弾級だった。
ああ、これで恋は終わった。まったく身勝手なもので、彼女と幸せな時間を過ごしている間。お互いの関係を深めなかったことを、ひどく悔やんだ。
どうして、あんなにストイック……じゃないな、ただのヘタレだったんだろう? チャンスはいくらでもあったはずなのに、キスさえできなかった。本当はしたかったのに。彼女さえ許せば、その先へだって進みたかったのに。
それから、煩悶の日々が始まった。香苗ちゃんからの連絡は、もはやない。こっちからメッセージを送っても、既読スルーが普通になった。通話をする勇気は、到底湧いてこなかった。
ちくしょう、今頃香苗ちゃんは、他の男の腕に抱かれているんだ。相手はきっともっと積極的だから、もうとっくにキスも、その先もしているに違いない。
バカだ。いや、愚か者だ。百歩譲って突然の別れをよしとしても、また、幸せだった時期が短かったにせよ、前へ進んで、彼女の中に自分を「刻みつける」ことができたはずなのに。どうしてできなかったんだ? 悔やんでも時間が戻るはずがないと言う現実が、いっそう僕を責め苛んだ。
新しい学校には割とすぐに馴染めていて、イジメもない平穏な生活だったんだけど、心はいつも、ウジウジジメジメとしていた。
仮に次の夏休み、H県まで戻って香苗ちゃんと再会したくとも、もはや無理だ。だって、既に彼女は手の中にいないんだから。
一瞬は、新しい恋を探そうかとも思った。でも、クラス内には、香苗ちゃんほどの魅力を持った女子はいなかった。
もはや、あの素晴らしい恋は、思い出に昇華するしかないように思われた。けど、それにはいつまでかかるのか? まるっきり分からない。ただ、長い時間がかかるだろうなってことだけは、確信できた。
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