第11話 つかの間の幸せ

 物事をごまかすときに「お察し下さい」って言うことがあるけど、それを使う前に周囲がすっかり「お察ししていました」という場合、どうすればいいのやら?


 夏休みが明け、二学期が始まった。

 僕の気持ちは、とても軽やかだった。なにせ、恋人ができたんだから。

「おはよう」

「よーっす、悠平」

「おはよう、悠平君!」

「ああ、おはよう、香苗ちゃん」

 クラスメイト達の勘というのは、思っている以上に鋭いらしい。僕と香苗ちゃんが、笑顔で名前を呼び合っただけで、あらかたのことは察してしまったらしい。

 むしろ他の女子が、こんなことを言った。

「やっと叶ったのねー。あーもう、じりじりさせられてたこっちの身にもなって欲しかったわー」

「え、えへへ……ごめーん」

 続けて、男子も言う。

「悠平も鈍かったよなー。フツー女の子にあれだけ熱い視線を毎日浴びてりゃ、嫌でも気づくと思うんだが?」

「あ、あはは。その辺はまあ、色々あってさ」

 香苗ちゃんとの「最初の関係」は、クラスの誰にも言っていない。だから、彼女を好きだと意識するまでかなりの時間がかかったんだけど、別にそれは説明する必要もない。

「ま、とにかくめでてえわな」

「そうよねー」

 いつしか、クラス内で拍手が湧き上がっていた。ちょっと大げさなんじゃ? とは思うけど、祝福されてるのを悪く思うはずがない。


 それからの僕達は、ほんとうに幸せだった。


 なんと香苗ちゃんは、僕のために毎日お弁当を作ってきてくれるようになり、昼休みには屋上で揃って食べるのが恒例になった。しかも料理の腕前がよく、親への無礼は承知で、自分の母さんより上なんじゃ? とさえ思えた。


 週末は、しばしばデートをした。二人で遊園地にも行った。映画も観に行った。時には美術館なんかにも誘われた。


 香苗ちゃんと行動を共にするごとに、今まで知らなかった、彼女の色々な側面を知る事ができた。


 香苗ちゃんは、しっかりとした美意識と矜持がある女の子だった。

 周りに流されるのが何より嫌い、という点は、どこか僕と共通していた。


 もちろん、四六時中ベタベタしてたわけじゃない。オンとオフの切り替えは、お互いキッチリやった。成績面では僕の方がちょっと下だったから、香苗ちゃんに勉強を教えてもらう事もあった。


 放課後はほぼ必ず一緒に帰った。帰ってからは、ものすごくどうでもいいことを、電話で延々話した。


 なんでもない日々の積み重ね。二人で過ごす時間。それが、途方もなく幸せだった。


 クラスメイト達からはしょっちゅうからかわれた。恥ずかしかったんだけど、そう言うときは、むしろ香苗ちゃんの方が堂々としていて、僕の背中を叩きながら言った。

「もっと胸を張る!」

 周囲のクラスメイトは、「将来は尻に敷かれるな」と、温かく笑った。


 ただ、不思議と、肉体的な意味でのよこしまな気持ちは起きなかった。実はまだ、キスさえしていない。特に必要性を感じなかっただけなんだけど、無意味に迫るのは、いかにもマナー違反という気がしていた。


 この、よく言えばプラトニックかつストイック、悪い意味ではヘタレで弱腰な態度が、後々、大いなる煩悶を呼ぶことになるなんて。

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