第8話 偶然 or 運命?

 巡り合わせの妙、というのは、厳然としてあるらしい。


 その「偶然」は、不思議なことになおも続いた。

 例えば、親のお使いで出向いたスーパーマーケットで。燕原さんも同じく親のお使いでって事だった。でもさすがに、混雑している店内で長々と話し込むわけにはいかない。だからその時は、軽く留めておいたんだけど、彼女はやっぱり嬉しそうだった。


 またあるいは、いつかのように商店街を一人でクレープ片手にぶらついてると、後ろから「わっ!」とおどかされた! びっくりした! と思ったら、笑顔の燕原さんが立っていた。

「また偶然ね」

「そ、そうだね。不思議なこともあるもんだよ」

 いや、まったく不思議だった。なんとはなしに「燕原さんはどうしてるかな?」という小さな疑問が脳裏をかすめる頃、決まって本人と会うんだ。

「こうも偶然が重なると、なんか因縁めいてるね」

「あのさあ、そう言うときは運命的って言えない?」

「んー、そんなもんかな?」

 運命ってのも大げさな気がするけど、ともあれ、時間はそろそろ昼飯時だった。腕時計を確認しつつ、燕原さんが言う。

「雁ヶ崎君、お昼は?」

「えっ? いや、どうしようか迷ってるところだけど」

「家に帰って食べるの?」

「違うよ。たまたま今日は親が不在でさ。お金をもらったから、好きにしろって」

 それを話すと、燕原さんはますます笑顔になった。

「じゃあさ、一緒に食べに行かない?」

「あ、うん。いいよ」

「やった♪」

 心底不思議だった。他の友だちからのお誘いなら、特に思うところはないんだけど、相手が彼女だと、妙に浮かれてしまう。まあ、燕原さんも嬉しそうだから、気にすることはないかな?

「雁ヶ崎君、何が食べたい?」

「うーん、特にこだわりはないんだけど、激辛系以外なら」

「って言うと、エスニック系なんかはダメ?」

「そうなるね」

「そっかぁ……」

 少し思案する彼女。そう言えば、前に商店街で会った時には、トムヤムクンをすごく美味しそうに食べてたな。辛いものが好きなんだろうな。

「雁ヶ崎君、ラーメンは好き?」

「うん。結構好きだよ」

「オッケ、それじゃそうしましょ」

 ってことで、商店街の中にあるラーメン屋に向かう事になった。


 時間が時間ということもあって、結構並んだんだけど、根気よく待って店に入る。

「あたしは、『バリ辛台湾混ぜそば』で。あ、ニンニクは抜き」

「え、えっと、僕は普通のとんこつラーメンを」

 オーダーを済ませ、お互い少しソワソワと待つ。やがて、料理が来た。

「「いただきまーす!」」

 声をハモらせつつ、勢いよく食べる。

「うーん、辛い! でもそれがいい!」

 ハンカチで汗を拭きながら、ご満悦らしい燕原さんだった。


 ……なんだろう。今こうして、彼女とプライベートな時間を共有していることが、すごく嬉しい、ような気がする。もう一つ言えば、元気良く美味しそうに食事をしている彼女が、純粋に可愛く思える。


 そう言えば僕って、ずっといじめられっ子だったから、恋について考えた事なんかなかった。平たく言えば「自分自身の、好みの異性のタイプ」すら思いつかない。

 当然、見た目を最初に判断する。けど、重要なのは中身だ。

 燕原さんは見た目も可愛いし、明るいし、特に「いいなあ」と、たった今思ったんだけど「美味しそうに食事する」姿が、割と刺さるものがある。


 でも、彼女との過去を思うと、いまだに不思議でならなかった。今の彼女から、敵意なんかの負の感情は、まったく感じない。それどころか、まるっきり逆な気さえする。


 一方の僕はどうだ? 許したか許してないか? で問われたら……

 問われたら……あれ?

「許さないのは許せない」

 って思うぞ? それほどに、彼女が向けてくれているであろう気持ちが強いって事だろう。


 奇妙な気持ちだった。

 消せないほどの心の傷を負わされた相手が、今や、好ましく思えている。

 疑念は残る。理由が知りたかった。

「あれ? どうしたの、雁ヶ崎君? あたしの顔、そんなにじっと見て? あ、口元にミンチでも付いてる?」

「え? あ、いや、なんでもないよ。それより、美味しいね、ここ」

「そうよね。実はあたし、さりげにリピーターだったりするんだ」

「へえ?」

 そんなたわいもない話をしつつ、食事をしていく。並んでる人達のことを考えると、あまり長居はできない。

「ぷふうっ、ごちそうさま!」

「僕もごちそうさま」

 ちょっと慌て気味に店を出て、歩きながら、僕は思いきって彼女に聞いてみた。

「燕原さん、どうして僕なの?」

 言ってから、しまった、と思った。これじゃ、あまりに漠然とし過ぎてて、まるっきり当を得ない。でも、彼女には通じたようだった。

「それは……そういうことになってるからよ」

 やはり彼女の答えも、曖昧だった。でもなぜか、「ああ、なるほど」と思っていた。

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