第6話 変化は少しずつ
「変化」は、さらに加速を付けていくことになる。
カレンダーは、そろそろ夏休みが近いことを示していた。
そんな折、自分の中に、もう一つの変化を覚え始めていた。
それは何かって? 端的に言えば「疲れてきた」んだ。気を張り詰めすぎることに。
別に、燕原さんとの間に、何か劇的なことがあったわけじゃない。彼女もすっかりクラスに馴染み、同性の友だちもそれなりにできてるみたいだ。
そして、相変わらず彼女は、何か物言いたげな視線を投げかけてくる。
「何?」
「あ、ううん、なんでも?」
こんなやりとりが、ほぼお決まりになっていた。
燕原さんと自然に接することができるようになったのは、我ながら不思議だった。
むしろ、彼女に対して「多分、好意のようなもの」を抱きつつあった。
もしかしたら、それはただの錯覚かも知れない。ただ、日々向けられる純粋な彼女の笑みが、確実に僕を変えて行っているのは確かだった。
こんなことがあった。ある日の昼休み、たまたま弁当を持ってこなかったときがあった。忘れたわけじゃなくて、母さんが風邪を引いたせいで、作ってもらえなかったからだ。だからその日は、昼食代をもらって学校に来ていた。
昼休み。購買でパンでも買うかと思って学食へ向かうと、途中で燕原さんに出会った。
「雁ヶ崎君、学食?」
「ああ、うん。たまたまね。パンでも買おうかと思って」
「そ、そう。あ、あたしはフツーに学食で、なんだけど……」
もはや珍しくもない光景だけど、燕原さんは、一対一になると、妙にキョドる。彼女は、ひとしきり何か口をモゴモゴさせた後、意を決したように言った。
「よ、よかったら、お昼、一緒に食べない!?」
それはまるで、清水の舞台から飛び下りるような思い切りを伴っているように感じられた。僕にはその理由がサッパリ分からない。
とは言え、今や憎からず思っている(錯覚かもしれないけど)相手からのお誘いだ。断る理由もない。
「いいよ、じゃ、行こうか」
「う、うん!」
やけに嬉しそうな彼女を伴って、学食へ向かった。
「あたし、席取っとくから」
「うん、ありがとう」
一瞬は学食のメニューにしようかと思ったんだけど、やたら混んでるのが気になったので、やっぱりパンにした。
そして、焼きそばパンとあんパン、飲み物は普通の牛乳を買って、燕原さんが待っている席へ向かった。
向き合って座る。彼女は、トンカツ定食だった。
「「いただきます」」
揃って言って、食事に手をつけ始める。
特に、会話はない。ただ、思い上がりでなければ、燕原さんからは、明らかな幸せオーラが漂っているようだった。
いや、やっぱりおかしい。彼女が幸せ? 今? なぜ? そこが分からない。
僕個人は、今の彼女を好きか嫌いか? で答えろと言われたなら「まあ好きな方」と答えるだろう。再会の頃からすると、相当な心境の変化だけど。
でも、彼女とは、正式に交際しているわけじゃない。そもそも、「彼女が」僕をどう思ってるのか、まるで知らない。
仮に、仮にだよ? 彼女も僕に一定以上の好意を持っていたとしよう。じゃあどうして、前の学校で、彼女は僕を執拗にいじめたんだ? つじつまが合わない。
分からない事は多いけど、「今」彼女とこうして過ごしていて、気分はどうだ? と問われたら、さほど迷わず「悪くないよ」と言えるのは確実だ。
普通にパンをかじっていたんだけど、燕原さんは、自分の食事をしつつ、やっぱりチラチラと僕の方を気にしていた。
「別に、欲しいなんて言わないよ?」
「そ、そう? ならいいんだけど」
彼女の返事は、明確に上滑りしていた。前々から粉雪のように降り積もっている違和感が、また上乗せされる。
「た、食べたかったら言っていいのよ?」
「いや、だからいらないってば」
「遠慮しなくても……」
「そういうわけでもないよ」
「うー……」
そこでなぜか、彼女がむくれた。全くもって謎だった。と言うか、もらわないことが悪い気さえする。
「分かったよ。じゃあ、トンカツを一切れだけくれる?」
「あ、うん! どうぞ!」
喜色満面、という表現がピッタリなほど嬉しそうに、彼女がおかずの皿をこちらへ差し出す。僕は、ちょっと行儀が悪いのを承知で、指でトンカツを一切れつまみ、口の中に放り込んだ。ただ、どういうわけか、味がサッパリ分からなかった。
「「ごちそうさま」」
やがて、やっぱり揃って食べ終わる。どうやら、彼女が食べるペースを合わせているみたいだった。なんでそこまで気を遣うんだろう?
「ふう、おいしかった」
そう言う彼女の顔は、単に「空腹を満たせた」以上の喜びがあるように思われた。謎は深まる一方だった。
と、そんなこんながありつつ、いい方向へ予想外に、学校生活は平穏に過ぎていった。
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