第4話 彼女の意外な側面

 予想外のこと、ってのは「前もって分からない」からそう言うんだけど、それどころか、斜め上と言ってもいい光景を見ることになる。


 七月に入ってもまだ梅雨は明けず、その日もやっぱり雨だった。慣れってのは怖い物で、なんだかもう、どこか開き直って「来るなら来い!」と、覚悟のようなものが固まりつつあった。


 燕原さんは、相変わらず折に触れてこっちをチラチラ見ている。でもその視線も、前ほど気にならなくなっていた。


 そして、あっという間に時間が過ぎて、放課後になった。

 帰宅部だから、授業が終わったら、軽く他のクラスメイトと雑談して、まっすぐ帰る。


 雨の中、傘を差して家路を歩く。

 と、その途中で、にわかには信じられない光景を見た。

 いや別に、「なんか黒くてぬめっとした謎の巨大物体が道を塞いでいた!」とかじゃない。


 視線の先には小さな段ボール箱を前に、何やらしゃがみ込んでいる燕原さんがいた。なんだろう? つい、少し離れた場所から、耳をすませてみる。

「ごめんね、うち、動物が飼えないのよ。せめて、これでガマンしてね?」

 そう言って燕原さんは、自分が差していた傘を、目の前の箱に置いた。かすかに、猫の鳴き声がした。

 少なからず驚いて、気持ち早足で彼女の側へ行った。彼女も気付く。

「あ、雁ヶ崎君」

 雨に濡れながらの、優しい笑顔だった。記憶のどこを探しても、彼女のこんな顔はない。

 純粋に「可愛い」と思ってしまった。いや、ダメだ。惑わされるな。彼女は「敵」だぞ?

 また、足下から猫のか細い鳴き声。改めて見ると、捨て猫だった。ダンボールには、さっきまで燕原さんが差していた傘が置いてある。

「どうして……」

 なぜこんな言葉が出てきたのか、分からない。でも、彼女の行動原理が知りたかった。燕原さんは、少し哀しげな色を浮かべ、言った。

「あんまり可哀想だったから、ね。あたしが拾ってあげられない以上、こうするしかないのよ」

 そこには、何らの打算も、下心もなかった。ただ、「困っている弱き者を助ける」という、純粋な善意のみがあった。


 善意? 彼女にそんな「上等」な感情が? まだ、理解ができなかった。

「……くしゅんっ!」

 何の声かと思ったら、燕原さんのくしゃみだった。今さらってのも後から考えればひどい話だったけど、この雨の中、傘を差してないなら、濡れて当然だ。


 別に彼女が風邪を引こうがどうなろうが知ったこっちゃないんだけど、単純に一人の男として、困っている女の子を放ってはおけないと思った。

「僕の傘に入る?」

「あ、ありがとう。そうさせてもらうわ」


 かくして、図らずも「敵」と相合い傘で帰ることになった。とりあえず、彼女を家まで送らないと。

「家はどっち?」

「こっちよ」

 燕原さんの歩く方に合わせて、道を進む。自分の家とは逆方向の角を曲がってしばらく行ったところで、彼女が「ここ」と言った。なるほど、表札には「燕原」とある。

「ありがとう、雁ヶ崎君。おかげで助かったわ」

 またしても、純粋な感謝の笑みだった。くどいようだけど「敵」であるにも関わらず、なんかグラッと来る。

「それじゃ、また明日ね」

「あ、う、うん」

 家に入っていく彼女。なんだかすごくいい事をしたような気分と、いまだ拭い去れない彼女への敵対心がない交ぜになって、今の自分がどんな顔をしているのか、まるで分からなかった。

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