第2話 ハロー警報発令

 平穏な日々。まさかそれが、その日壊れることになるなんて。


 その日も、外は雨風共に強く、いかにも梅雨真っ盛りという天気だった。


 朝のホームルーム前。まだ、教室内はざわめいている。

 一つの話題が、クラス中を席巻していた。

「知ってっか? 今日、転校生が来るんだってよ!」

「可愛い女子だったらいいなあ」

「わっかんねぇぞ? おれも、男女どっちかまでは聞いてねえし」

 そう。クラスは転校生の話題で持ちきりだった。


 ただ、なんだろう? 僕は無性に嫌な予感を覚えていた。

「どしたあ、悠平ゆうへい? ブルーな顔してよ?」

「えっ? そ、そう見える?」

 クラスメイトの一人が、不思議そうに僕を覗き込む。

 さすがの僕も「個人的にだけど、嫌な予感がするんだ」なんて言ったらおかしく思われることぐらい分かってるから、言葉を濁した。


 その時、制服のポケットに入れていたスマホが振動した。なんだろうと思ったら。天気予報アプリからのプッシュ通知で、『H県太平洋側沿岸部に波浪警報発令』とあった。


 波浪警報、か。この風雨なら分かる。別に、家は海運業者や漁業者じゃないから、直接的には関係がない。ただ、「ハロー警報」と、英語を習いたての小学生みたいにカタカナに開いてみると、「こんにちは警報」という意味になる。なんだか、今日訪れるであろう新たな出会いが、ひどく不吉なものに思えた。


 そして、そういう嫌な予感というのは、往々にして当たるもんだ。

「よーっし、ホームルームを始めるぞー! 着席だお前等ぁー!」

 始業のチャイムとともに、担任の先生が入ってきた。

 出席を取った後、通り一遍の連絡事項があって、「さて」と先生が切り出した。

「知ってる奴もいるとは思うが、今日から新しい仲間が加わる。入ってきなさい」

 廊下で待機していたらしい女子が入って来る。その、まだよそ行きの顔を見た瞬間、僕は「なんてこった!」と愕然とした。


 いや、別に「とんでもなく顔面偏差値が低い!」とか、「逆に美人過ぎるから争奪戦は必至だ!」とかいうんじゃない。


 彼女は均整の取れた体つきで、その面持ちは整っている。瞳はぱっちりしてるし、鼻筋だって綺麗に通っている。唇は心持ちぽってりしているけど、色気になりこそすれ、マイナス要素にはならないだろう。

 髪の毛はセミロングのストレート。雰囲気的には清楚と言えなくもない。黙ってれば誰だって「あ、結構イケてる娘」だと思うだろう。


 でも、問題はそこじゃない。他人のそら似を祈っていた僕の期待は、先生が黒板に書いた名前で、あっという間に粉みじんに砕かれた。


燕原 香苗つばめはら かなえ


「あー、転校生の燕原君だ。本人から、一言どうぞ?」

 全然場違いなところで淑女をエスコートするように、先生が言った。彼女が、口を開く。

「みなさん、はじめまして。燕原香苗と言います。よろしくお願いします」


 品良さげに一礼する彼女。普通に聞けば、愛らしい声だと思うだろう。けど、僕にとっては、何もかもが苦々しかった。ところが、事態はさらに悪化することになる。

「えー、席はだなー、雁ヶ崎の隣が空いてるな。そこへ行ってもらおう」

「えっ?」

 やっぱり、彼女も覚えているんだろう。僕の名前を聞くや、少し驚いたように目を見開き、先生が指さした先を見て、

「あ」

 とだけ言った。

「んー? どうかしたかー?」

「い、いえ、なんでも」

 一目で分かる作り笑いを顔に貼り付けて、彼女が僕の方へ来る。蛇ににらまれた蛙のように、冷や汗をにじませていた。

「久しぶりね?」

 席に座りながら、僕にだけ聞こえるトーンでの、彼女の声。

「あ、う、うん……」

 歯切れのよくなろうはずもない。

 ああ、なんてこった。本当に「ハロー警報」が災害を連れてきたよ!


 え? なんでこんなに悲嘆に暮れてるかって?

 簡単だよ。彼女、燕原さんは、前の学校で、僕をいじめてた女子グループの一人だったからだよ!


 せっかく逃げられたと思ったのに、またか。安息も、ここまでか。

 燕原さんのことだ。あることないことを周囲に吹聴しまくって、またいじめるに違いない! ひどいよ神様! 平穏な学校生活を送っちゃダメなんですか!?


 可愛い転校生が加わったことで、クラスは華やかな空気だった。でも、一人、お通夜状態だった。早速、転校を機にオサラバしたはずの、シクシクする胃の痛みを感じていた。

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