どうしてハロー警報があってグッバイ警報がないのだろうか
不二川巴人
第1話 晴れやかな雨の日~プロローグ
――出会いにも、別れにも、「予感めいたもの」がある。
これは、小さな小さな、出会いと別れの物語だ。
その日は、雨の一日だった。
それはそうだろう。今は六月の下旬、つまり梅雨の季節。晴れ間の方が珍しい。
おまけに風も強く、教室の窓から見える風景は、どんよりと薄暗く、お世辞にも晴れやかじゃない。
でも僕は、頬杖をつきながらその景色を窓から眺め、とても穏やかな気持ちだった。
「えー、であるからしてー、この『末摘花』の帖というのはー、光源氏の、男としての器の大きさを示すとも解釈ができー……」
今が古文の授業中だと気付くには、少しかかった。
「
「えっ!? あ、はい!」
不意打ち気味に先生に名前を呼ばれ、かなりうろたえた。
「今、先生が言ったことを復唱してみろ」
「……すみません、聞いてませんでした」
クスクスと、周囲からの失笑が聞こえる。結構ばつが悪い。
「今言った場所は、小テストに出すぞ。しっかり覚えとけよー」
「は、はい」
どうやら先生はあまり怒っていないようだった。親切にも先生が繰り返してくれたので、改めて、さっきの『末摘花』についての話をノートに走り書きをしておく。
ここは、H県K市の、海沿いにある高校。僕は、二年生になったのを機に、ここに転校してきた。
その理由を語るには、かなりの苦さを伴うから、実はまだ、クラスの誰にも真相は話していない。むしろ、話す必要はない。
え? そんなにもったいぶるなって? ちょっと待ってくれないかな。さっき言っただろ? かなり苦いって。何? 苦いのなんて一瞬だろうって? 無責任なこと言わないで欲しいな。ああもう、分かったよ。言うよ。
……イジメだよ。前の高校で、ひどいなんて言葉が生ぬるく感じるほどのイジメを受けていたんだ。さらにタチの悪いことに、学校側が「事なかれ主義」のカタマリみたいな所で、頑としてイジメが発生している事実を認めようとしなかった。
誰にも助けが求められなかったから、転校するしかなかった。前の高校は家から歩いて行けたけど、新しいところは、電車で一時間かかる距離だ。
でも、そんなことぐらい、どうってことはなかった。あの地獄から逃げ出せるなら、通学の苦労なんて、苦労のうちに入らない。
そして、大変幸いなことに、新天地にイジメはなかった。やっとまともな高校生活を手に入れたんだ。この喜びを表すには、言葉は力不足だとさえ思う。
友だちもできた。とは言え、あんまり深い付き合いをする相手はいないけど、毎朝教室に入って「おはよう」と言ったら、笑顔で誰かが「おはよう」と同じく返してくれるのが、地味ながらすごく嬉しい。
「え、このようにー、現代の倫理観としては到底許容しかねる内容ではあるもののー」
先生の授業を聞くでもなく、聞かぬでも無く、まったり時間が過ぎる。
外は本降りの雨と風。でも、やっぱり穏やかな気持ちだった。
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