第24話 『サメ』の悪役 その1

 エイスケとアレクサンドラは観客席をうろつき、いくつかのスタッフ専用扉を見繕った。

 人目につかない扉を見つけると、さりげなく入ろうとしたが、開かない。鍵がかかっている。アレクサンドラは躊躇いなく背負っていた剣を抜いた。


「斬りますか?」

「いいや。こういうのは得意だ」


 内側からツマミを回すと開く、サムターンがついている扉。こういうタイプの鍵を開けるのは簡単だ。エイスケは『不可侵』の障壁を、扉の向こうに展開するイメージを浮かべた。ガチャリと音が鳴り、扉が開く。


 エイスケとアレクサンドラは内部への侵入に成功した。内側からツマミを回して鍵を元通りにしておく。

 扉の先は階段になっており、一つ下の階まで降りると、長い廊下が続いていた。廊下を歩き、一つ一つ部屋を確認しながら、エイスケとアレクサンドラは怪しいものが無いかを探す。


「扉が開いたのは、どういう手品ですか?」

「『不可侵』の立方体の障壁は、壁の向こうに出すことも出来るんだよ。角度と大きさを調整してツマミの近くに展開すれば、ツマミを押し出してガチャリってわけだ」


『不可侵』の悪望能力は使い勝手が良いが、制限も大きい。物体に重ねて出すことは出来ないので物体を切断をすることはできないし、展開できる位置もエイスケから数メートル離れた距離が限界だ。だが、エイスケはそうした弱点を口にすることはしなかった。悪役ヴィランにとって悪望能力の詳細な情報は命に直結するからだ。


「なるほど。流石は悪役ヴィラン、手癖が悪いですね」


 感心したそぶりを見せながらも辛口なアレクサンドラの発言に、エイスケは肩をすくめる。アレクサンドラが悪役ヴィランに厳しい態度を取るのは、今に始まったことではない。


「なんか俺に対して当たり強くない?」

「ユウカ様は悪役ヴィランを憎んでいますから。ワタシの主人があなたを嫌う以上、従者であるワタシもあなたを嫌うのが筋というものです」

「ローマンだって悪役ヴィランだろうが」

「ローマン様は特別です。桜小路家の数多の敵を屠ってきた、ユウカ様の右腕ですから」


 アレクサンドラが得意気に胸を張る。アレクサンドラもローマンを信頼している様子が伺えた。


「ふうん……?」


 模擬戦の時にユウカがローマンに対しては心を許していた様子なのを思い出す。悪役対策局セイクリッドの構成メンバーの大半は悪役ヴィランだ。ユウカにとっては辛い環境だろう。心を安らげる仲間がいるのは、大切なことかもしれない。だから、願わくば、ローマンとの関係がずっと続いてくれることを祈る。


 そういったものを、エイスケはすでに無くしてしまっているから。


「ところで俺の見立てだと、ユウカは他の悪役ヴィランと同じぐらいあんたのことも嫌ってると思うぞ。ユウカがあんたに向ける笑顔は俺に向けるやつと同じ質だからな」

「そんなことは分かってるんですよ一言多い野郎!」


 アレクサンドラは膝から崩れ落ちた。二分ほどブツブツと「ユウカ様がワタシをどう思っているかは関係ない、ワタシがユウカ様を愛していれば関係ない、」などと呟いてから、生まれたての小鹿のように立ち上がる。


 エイスケはそんなアレクサンドラの様子を頭の中にメモしておく。悪役対策局セイクリッドの局員の弱点を把握しておくことは、エイスケにとって命綱になるからだ。何に怒り、何に悲しむか。


 アレクサンドラは直近の出来事が何も無かったかのように振る舞った。


「しかし、何も見つかりませんね。他に何か心当たりは無いのですか?」

「たしか向こうに倉庫があったはずだ。次はそこを調べよう」


 倉庫に人がいれば即座に気絶させれば良い。エイスケとアレクサンドラはタイミングを合わせると、扉を開けて、中に飛び込んだ。


 凶獣の保管も兼ねているのだろうか、闘技場と同程度には広い空間。その広い倉庫の中には何も入っていなかった。

 中に入っていたのは唯一人の悪役ヴィランだけ。何も無い場所に、黒いスーツを着た男、否、黒いスーツを着た『サメ』が待ち構えていた。


「よう。待っていたぜ、悪役対策局セイクリッド


『サメ』の悪役ヴィランシャークは、鋭い歯を見せながら凶悪な笑みを浮かべた。




 最近の立て続けの悪役ヴィラン事件と同様に、ここでも悪役対策局セイクリッドの行動がバレている。悪役対策局セイクリッドの内通者。こちらの行動は、全て敵に漏れていると思ったほうが良いだろう。


「悪い。道を間違えちまったようだ。ここいらで失礼するよ」

「シャークックックック。まあゆっくりしていけよ。俺はただの傭兵でね。てめえらと遊んで時間を稼ぐのが依頼主の要望だ」

「なんだそりゃあ、付き合ってられるか。アレクサンドラ、ここは退くぞ」

「いいえ。ユウカ様は強化ドラッグを流している犯人の正体をご所望です。倒して吐かせましょう」


 エイスケの直感は退くべきだと告げていたが、アレクサンドラが一歩前に出てしまった。アレクサンドラは既に背負っていた長剣を抜き放ち、構えている。


「シャークックック。懸命な判断だぜ。この世で逃げられないものは三つある。死と、税金と、『サメ』だ。どうせお前らは逃げられねえ」


 アレクサンドラがやる気なのを見て、エイスケも撤退を諦めた。援護するしか無いだろう。短く問いかける。


「勝てるんだろうな?」

「ワタシの『雷光』は一撃必殺。一瞬で終わらせます」


 エイスケも模擬戦でアレクサンドラの悪望能力を見たことがある。確かにアレクサンドラの悪望能力は、『サメ』とは相性が良いだろう。任せても問題無さそうだ。


 アレクサンドラの銀髪が逆立った。全身を黄金の輝きが走り、バチリ、バチリと破裂音が鳴る。地に降り立った雷神を思わせる威光。『雷光』の悪望能力が唸りを上げる。


 雷を纏った少女がその場で剣を振り抜くと、剣から雷が迸った。人類では到底回避不可能な速度で雷が地を走り、そのままシャークに直撃する。アレクサンドラの雷を操る悪望能力。海を生きる生物には堪えるだろう。


「グアアアアアアッ!」


 シャークが悲鳴を上げ、肉の焦げた匂いと煙が充満した。あまりにも綺麗に直撃したのを見て、ひゅっ、とエイスケは短く悲鳴を上げた。もしかして殺ってしまったのでは?


「おい、殺してねえだろうな!?」

「それはあのお魚さんの気合次第です」


 えっ、サメって魚類なの? 疑問を口にしようとしたところで、煙の中から無傷のシャークが出てきてエイスケは絶句した。シャークは元気そうだ。アレクサンドラのようにシャークもバチバチと雷を纏っており、魚とは別の進化を遂げた生物の威容を見せている。


「シャークックック! サメ映画観たことねえのか? 当然、サメは帯電する」

「しねえよ」


 エイスケは非難がましい視線をアレクサンドラに向けた。アレクサンドラも予想外だったのか、唖然とした表情をしている。


「えーと、”ワタシの『雷光』は一撃必殺。一瞬で終わらせます”だっけ?」

「何か文句があるのですか?」


 大口叩いて倒せなかったのが恥ずかしいのだろう、白かった頬を赤く染めて怒り気味のアレクサンドラ。仲間割れしている場合ではないと、エイスケは前を向いた。そのタイミングでシャークが妙に甲高い声で、アレクサンドラのセリフを真似る。


「”ワタシの『雷光』は一撃必殺。一瞬で終わらせます”」

「んふっ」


 こらえ切れずにエイスケは少し笑ってしまい、アレクサンドラがブチ切れた。


「こ、殺します!」


 まさに『雷光』を思わせる速度で少女が駆け、そのまま剣を上段から振り下ろした。並の悪役ヴィランなら反応できず真っ二つになっていただろう一撃、しかしシャークは容易く左拳で弾くと、右の正拳突きでアレクサンドラを吹き飛ばす。


「グッ!」

「シャークック。弱えな」


 吹き飛んできたアレクサンドラをエイスケは慌ててキャッチすると、背中に『不可侵』の障壁を展開して勢いを殺した。アレクサンドラは尻もちをついて体勢を崩したまま、シャークを睨みつけて唸る。


「アイツ、殺します……!」

「おい落ち着けアレクサンドラ。殺すのはマズい。おいシャーク、ちょっと待ってもらっていいか?」

「構わないぜ。獲物をじっくりいたぶるのは『サメ』の美学だからな」

「あー、たまにあるよな。尺の都合で絶対噛み殺せるのに噛み殺さないシーン」

「尺の都合じゃねえ! 恐怖の美学だ!!」


 出会ってから初めてシャークが怒りを見せる。サメ映画にこだわりがあるようだ。

 そんなに怒るなよ……とエイスケは肩をすくめてからアレクサンドラに向き合う。模擬戦の時に見せたアレクサンドラの強さは、シャークに劣るようなものでは無かった。


「アレクサンドラ、悪役ヴィランは己の願いを叶える時が一番強い。なのにあんたは今、自身の悪望のためではなく、自身の怒りのために戦った」


 アレクサンドラは何かを言いかけ、むぐ、と口を噤む。


「俺たち悪役ヴィランにとって一番重要なのは、悪望を忘れないことだ。己が何を願い、何を叶えようとして、何のために悪に堕ちたのか」


 そして、何を守るためなら他者を傷つけることを出来るのかを。


「だから俺たちは名乗りあげる。己が『これ』を魂に刻んだ悪役ヴィランなのだと、忘れないために」


 アレクサンドラは目を瞠った。呼吸を整えると、両手で頬を張る。エイスケの頬を。パチンと良い音がしたあと、アレクサンドラは立ち上がる。


「お陰様で目が覚めました。ワタシはユウカ様のための『雷光』の悪役ヴィラン。ユウカ様のためにあの小魚を倒しましょう」

「なんで俺の頬を叩いたの?」

「上から目線で腹が立ちましたので」


 アレクサンドラはさらっと毒を吐くと、カツカツと足音を立ててシャークの元に歩いていく。シャークもまたドスドスと足音を立てながらアレクサンドラのほうに歩み寄る。

 やがて鼻先がぶつかりそうなほどの距離で不敵に笑い合うと、互いに名乗り上げた。


悪役対策局セイクリッド第十二課三等特別捜査官、『雷光』の悪役ヴィラン、アレクサンドラ・グンダレンコ」

「略奪商会、殴り屋。『サメ』の悪役ヴィランシャーク」

「ユウカ様の道はワタシが照らす。ユウカ様の敵はワタシが焼き尽くす。ワタシこそが我が主の『雷光』と知りなさい」

「『サメ』こそが全次元で最強の生物であることを教えてやろう」

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