第25話 『サメ』の悪役 その2

 名乗り上げと同時、アレクサンドラの剣が右から横に疾走った。シャークはまたも左拳で剣を側面から叩き落とす。先刻の繰り返し、違うのは、既にアレクサンドラの剣が左上から振り下ろされているということ。


「!?」


 二撃目が速すぎる。シャークが右拳で弾くが、既に三撃目が下段から下半身を斬らんと迫っている。エイスケの動体視力では構えがいつ変わったのかも分からない。一秒の間に十を超える剣撃は、さらに速度を上げながらシャークに降り注ぎ続ける。


『雷光』の悪役ヴィラン、アレクサンドラ・グンダレンコの悪望能力。自らに『雷光』を纏うことで肉体の速度を上げるアレクサンドラは、悪望が充分に発揮できる状況なら、第十二課テミス最速の悪役ヴィランであるとエイスケは見ている。


 数秒の攻防、数十の斬撃。シャークはアレクサンドラの攻撃を受け止めきれずに、全身が傷つきながら、かろうじてクリーンヒットを受けないように凌いでいた。

 さらに十数秒。ついにアレクサンドラの袈裟斬りは、シャークの肩を捉えた……かのように見えた。


「サメ映画観たことねえのか? 当然、サメのヘッドは二つある」


 信じられないことに、シャークの肩から生えた二つ目のサメの口が、ガッチリとアレクサンドラの剣を噛んで受けていた。


「アナタ、サメ見たことないのですか?」


 アレクサンドラが毒づいたところで、ひっそりとシャークの後ろから迫っていたエイスケが、シャークの背中に痛烈な殴打を叩き込んだ。『不可侵』の障壁を細かく拳に纏ってナックルダスターを作り、殴打の威力を上げるおまけ付きである。


 アレクサンドラとシャークの一対一のような雰囲気を作り、不意打ちしやすい状況に持っていくのまでがエイスケの目論見だった。シンリにチームワークを叩き込まれた成果が出ている。もっともシンリは「味方を囮にするな!」と怒りそうだが。


 エイスケの拳に衝撃が走る。完全に不意打ちが直撃したのをエイスケは確信した。


「ようシャーク、卑怯だって怒るかい?」

「怒らねえぜ。この程度の攻撃は『サメ』には効かねえからな」

「……は?」


 エイスケの拳は、なにか、シャークの背中から生えた触手のようなモノによって止められていた。


「サメ映画観たことねえのか? 当然、サメにはタコの触手が生える」

「あんたマジでサメ見たことねえのか!?」


 襲ってくる触手からエイスケとアレクサンドラは必死に身を護る。最初は一本だった触手は、徐々に増えていき、最終的に八本にまで増えた。一本一本の触手が大きい。シャークの丸太のような腕よりもさらに太い触手が部屋中を暴れまわり、エイスケとアレクサンドラを押していく。


 ついに攻撃を抑えきれなくなったエイスケとアレクサンドラは太いタコの触手にビターンと張り飛ばされ、仲良く同じ方向に転がった。エイスケはともかく、アレクサンドラの動きが随分悪い。


「おい! あんた、模擬戦の時より随分調子悪いんじゃないか!?」

「もうユウカ様に三時間七分もお会いしていない……」

「ユウカ欠乏症で体調崩してやがる……!」


 アレクサンドラの『雷光』がユウカの護衛任務に特化した悪望なのは知っていたが、ここまでパフォーマンスが落ちるとは思わなかった。


 バチバチと雷を纏い、頭を二つ、触手を八本生やし、もはやサメとは言いがたい形容しづらい何かに変わり果てたシャークは高笑いする。


「シャークックックック。やはり『サメ』こそが最強の生物よ」

「やばい、ハルと同じタイプだ。アホほど思い込みが強くて、だからこそ強え」


 ……ハルと同じタイプか。『正義』の悪望能力も、状況によっては使えなくなるという話をエイスケは思い出していた。

 悪役ヴィランの強さはその悪望に由来する。強い状況もあれば、弱い状況もある。

 シャークの悪望はおおよその想像がついた。サメ映画に出てくるサメのようになりたい、といったところだろう。だとしたら、倒す手段は存在する。


「何か思いついたみたいですね。策があるんですか?」

「ある。俺が合図したら”ワタシの『雷光』は一撃必殺。一瞬で終わらせます”の電撃を叩き込め」

「もしかしてワタシをおちょくっていますか? マジで殺しますよ?」

「いや、おちょくってない」


 怒気を含んだアレクサンドラに剣を突き付けられて、エイスケは慌てて弁明した。


「いいから俺を信じろ」


 シャークの悪望能力が想像通りなら、この手段で突破できるはずだ。エイスケは前に進むと、泣きべそをかきはじめた。


「こ、殺される~」


 呆気にとられたシャークとアレクサンドラの前で、エイスケは次に神に祈りはじめる。


「神様助けて、助けてください、お願いです、神様、助けて」


 命乞いするエイスケを見て、シャークはこらえ切れないように笑った。


「シャークックックック! まるで○○○○2(ネタバレ配慮)に出てくるお嬢ちゃんみたいな命乞いするじゃねえか! ……ハッ!?」

「想像したな?」


 サメ映画のテンプレートだ。映画の終盤までは無双するサメも、ラストシーンでは退治される。エイスケのセリフは、とあるサメ映画を想起させるセリフだった。もちろん、ラストシーンでサメが感電で退治される映画のだ。


 シャークの悪望が、サメ映画に出てくるサメのようになりたいものならば、こちらでシナリオさえ用意してやれば、サメ映画のように退治される欲求には逆らえない。それが、彼の美学であり、悪望だからだ。


 エイスケはアレクサンドラに合図をした。


「テイク2だぜ。アレクサンドラ」

「ワタシの『雷光』は一撃必殺。一瞬で終わらせます」


 力を貯めていたアレクサンドラが、『雷光』を放った。初撃では効かなかった一撃も、今なら効くはずだ。序盤では最強のサメも、終盤には必ず倒される。


 アレクサンドラの雷が疾走った。ユウカ・サクラコウジの敵を全て倒すための『雷光』の悪望能力が、その真価を発揮して、シャークに迫る。

 アレクサンドラの『雷光』の一撃がシャークに直撃して、焼き焦がした。


「グアアアアアアッ!」


 今度は、シャークにダメージを与えた。感電したシャークが、全身からモクモクと黒い煙を立てる。シャークは嬉しそうに呟きながら、倒れ伏した。


「サメ映画、観てるじゃねえか……」


 エイスケとアレクサンドラは黙って拳と拳を突き合わせた。ふふん、とアレクサンドラは得意気な顔をしていたが、表情が緩んでいるのに気付くと、ハッといつもの生真面目な表情に戻る。そのまま、アレクサンドラの様子を見ていたエイスケを睨みつけてくる。


「何を見ているんですか、殺しますよ」

「ええ……」


 殺されてはたまらない。エイスケはアレクサンドラから逃げるようにシャークに近寄ると、仰向けにゴロンと転がったシャークを見下ろした。力尽きた様子だが、けっこう元気そうだ。ホントに頑丈だなとエイスケは感心した。


「シャークック。煮るなり焼くなりフカヒレにするなり好きにしな」

「いや食べはしねえけどよ。……なあ、気になってたんだけど、シャーク印の寿司屋って聞いたことある?」

「? ああ。俺の副業だ。結構美味いって評判だぜ」


 エイスケは両手で顔を覆って悲しんだ。


「出会い方が違っていれば、親友ともだったかもしれねえ」

「何をアホなことを言ってるんですか」


 アレクサンドラの呆れ声。付き合ってはいられないとばかりに、アレクサンドラがシャークを問い詰める。


「シャーク、あなた、とっとと依頼主を吐きなさい。正直に話せば、命だけは助けてやってもよいですよ」

悪役ヴィランみてえなセリフを吐く女だな」

悪役ヴィランですが何か?」


 エイスケのツッコミにアレクサンドラは澄ました声で答えると、シャークに剣を突きつけた。


「シャークック。そんな脅しをしなくたって、上に行けば会えるぜ」


 シャークが指で天井を指す。エイスケとアレクサンドラは顔を見合わせた。


「「上?」」

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