第7話 不殺の理由

「早速出かけるぞ」


 ハルの一声と共に、エイスケは外に連れ出されていた。

 エイスケはハルと一緒に目的地に向かって歩きながら、悪役対策局セイクリッド第十二課についてレクチャーを受ける。ケイオスポリスは賑やかな街だ。多くの人が行き交う喧騒の中、エイスケたちの会話なんて誰も気にしていない。


「僕たちの今回の目的は『燃焼』の悪役ヴィラン、ブラハード・バーン。メイソン・ヒル地区でわずか十六歳の少女を焼き殺した殺人犯だ。さて、僕ら悪役対策局セイクリッドは、こいつをどうするために今動いているか、分かるか? エイスケ」


 エイスケは小考したあと、正解を導き出した。


「普通なら凶悪な悪役ヴィランは殺す。だが第十二課テミスなら捕らえる、だよな」

「そうだ。ブラハード・バーンには既に懸賞金がかけられていて、条件は生死を問わずデッド・オア・アライブ悪役対策局セイクリッドの方針は逮捕が困難なら殺害せよ、だが、第十二課テミスの方針は違う。エイスケ、君に求めることは一つだ。事件の調査中に戦闘になっても、絶対に誰も殺すな」


 ユウカとの面談でも念押しされたことだ。第十二課のメンバーは全員不殺の誓いをしている。


「それは別に構わないんだがな。焼殺犯と命のやり取りをするかもしれない組織が、不殺とは余裕があるな。理由を聞いてもいいんだろうな?」


 納得のいく理由なら従うが、最悪、ハルの正義感だけで不殺を強要されていることもあり得た。エイスケのもっともな疑問に、ハルが説明を始める。


「一から説明するとだな。悪望能力は、その人間が抱いた強い願いを叶えるために顕現する。例えば、『何かを燃やしたい』という想いを抱いた人間が、『燃焼』の悪望能力に目覚めるように。それは分かるな?」

「俺も悪役ヴィランだからな。悪望能力については理解しているさ」


 その悪役ヴィランが最も欲した願いを叶えるために顕現するのが悪望能力だ。一人の悪役ヴィランに与えられるたった一つの悪望能力。


「そして、悪望能力は、願いを叶えるために使う時に最も出力が上がる。大事なのは状況だ。当然、逆も有り得るからな。悪望能力は、願いを叶えない状況で使う時には出力が下がるんだ」


 ああ、なるほどね。エイスケにはハルが言わんとしていることが分かってきた。エイスケの悪望は状況を選ばない性質だが、ハルの『正義』は違う。


「『正義』の悪望。それで不殺って訳だ」

「そうだ。端的に言って、味方に殺人を犯す人間がいると、僕が萎える。その状況は正義じゃないからな。『正義』の悪望能力が使えなくなるんだ」


 アデリーとの戦いで『正義』の悪望能力を見たときは最強に思えたものだが、そこまで便利なものでは無いらしい。

 繊細な感性だなとエイスケは思った。ハルの『正義』の悪望能力は強力なものだが、随分とピーキーな性能だ。自分に大義がある状況でしか使えない悪望能力で、このケイオスポリスでよく今まで生きてこれたものだ。


 それに、不殺の疑念が解けたことによって新たな疑念も湧いてくる。第十二課テミスの不殺の誓いは、ハルにとって都合が良すぎる。あの悪役ヴィラン嫌いのユウカ・サクラコウジに肩入れされるほどの理由が、ハルにあるのだろうか。


 そしてもう一点。


「なんで不殺なのに悪望能力で出した剣の名前が正義斬殺剣なんだよ」

「格好良いからだ」

「……」

「正義斬殺剣、格好良いだろ。その通りだと言え」

「……ああ、まあ、その通りだな。なんというか、『正義』って感じだ」


 悪役ヴィランとの会話で大事なのは相手が何を否定されると怒るのかを探っていくことだ。ただでさえ先程シンリを怒らせかけたばかりである。今のところはハルに合わせておいたほうが良いだろう。


「ところで、俺たちはどこに向かってるんだ? ブラハードの犯行現場とは方向が違うみたいだが」


 エイスケは非常に嫌な予感を覚えていた。ケイオスポリスで暮らす人間なら近づいてはならない組織や建物を記憶しているものだ。この辺りはとある巨大犯罪組織の根城に近い。


「目的地に着いたぞ」


 ハルは一つの建物の前に立つと、堂々と指をさした。

 エイスケは大通りに面した高層ビルを見上げて愕然とした。


「ヨーヨー・ファミリーの本拠地ビル! マフィアじゃねえか!」


 ヨーヨー・ファミリーはメイソン・ヒル地区を支配下に収めているマフィアだ。『少女愛』の悪役ヴィランウーロポーロ・ヨーヨーが率いている悪名高い犯罪組織。マフィアの中でも特に武力集団として広く知られており、ヨーヨー・ファミリーの拠点はケイオスポリスで近づいてはいけない場所の五本指には入る。

 そんな危険なマフィアが堂々と表立って拠点を構えている時点で、この街の治安は推して知るべしといったところである。


 まさか乗り込むつもりじゃないだろうな? 恐怖で震えるエイスケにハルがトドメを刺す。


「僕たちが追っている『燃焼』の悪役ヴィランブラハード・バーンの情報を集めたいからな。蛇のことは蛇に聞くのがてっとり早い」

「正気か? 正義は失われたのか?」

「勘違いしてるようだけどヨーヨー・ファミリーは悪役対策局セイクリッドと協力関係にある治安維持組織だよ」


 マフィアが? にわかには信じがたい話である。


「ユウカやシンリはこの件を把握しているんだろうな?」

「当然。悪役対策局セイクリッドは了承済みだよ。僕らは悪役ヴィランを捕まえるためなら使えるものはなんでも使うからな。ほら、入るぞ」

「じゃあ俺は外で待ってるから……ちょ、引っ張るなって、というか力強……!?」


 ハルにズルズルと引きずられながら、エイスケはヨーヨー・ファミリーのビルに入っていく。ビルの中はスーツを着た強面たちでいっぱいだった。見た目からは分からないが、この中には恐らく悪役ヴィランもいるだろう。


「ひぃぃ」


 泣きべそをかくエイスケに構わず、ハルは臆すことなくエントランスホールを突っ切ると、受付の中にいる強面に話しかけた。


「ウーロポーロ・ヨーヨーはいるかい? ハル・フロストが来たと言えば分かる」

「ああっ? ……ちょっと待ってろ」


 受付の強面はこちらをちらりと見ると、ウーロポーロに連絡を始めた。というかハルの口ぶりからして、アポイントメントは取ってなさそうだな。大丈夫だよな? この場でフクロにされないよな?

 エイスケが震えながら待っていると、受付の男がウーロポーロとのやり取りを終えた。受付の男はアゴをクイッと上げるジェスチャーをして言った。


「エレベーターで最上階に上がれ。ウーさんがお待ちだ」

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