第4話 『暴きだす真実の水瓶』
選考とはいえエイスケは気楽に構えていた。なにしろエイスケは直接
「それではまた後で会おう、エイスケ」
「落ちることを祈ってるよ」
シンリとハルが部屋から出ていき、ユウカとその後ろの執事二人だけが残る。
「サーシャ、『暴きだす真実の水瓶』をこちらに」
「御意」
サーシャと呼ばれた銀髪の少女が、抱えていた水瓶をゴトリと机に置く。
「エイスケさん、超越器具をご存知ですか?」
「? ああ、知ってるけど」
エイスケが短く返答すると、水瓶に入っていた水が空中に浮き上がり、形を作りはじめ、最後に文字の形になってその場に留まった。
「かつて『創造』の
軽口を叩きながら、起こった出来事を整理する。今、エイスケはユウカの質問に対して「知ってる」と答えた。直後、
「桜小路家は超越器具の収集に熱心ですからね。この『暴きだす真実の水瓶』は自慢のコレクションの一つで、簡単に言えば嘘発見器のようなものです」
「嘘発見器、ね。試してみても?」
「どうぞ」
エイスケは少し考えてからユウカに質問を投げた。
「ユウカ、あんた、
「はい」
「不用心だな。
執事の二人もかなりの使い手に見えるが、それでもエイスケとユウカの距離のほうが近い。脅しとも取れるエイスケの発言にも、ユウカの笑顔は崩れなかった。
「エイスケさんのことを信用していますから!」
「そうかい」
信用されるのは嬉しいが、これから仲間となる人間があまり間抜けでも困る。エイスケは軽く脅かすつもりでデコピンでもしようとして、腕が一切動かないことに気付いた。否、正確には腕は動く。動かないのは、ユウカへの攻撃意思を伴う行動だけだ。状況を正確に把握した結果、エイスケは一つの結論に達した。
悪望能力による攻撃を受けている?
エイスケは先程のシンリ・トウドウとのやり取りを思い出していた。
”今からこの部屋にある女性が入ってくるが、君はその女性を攻撃しないことを約束して欲しい”
”あんたたちが俺を攻撃しない限り、俺もあんたたちを攻撃しない”
なるほど、面白い。これがシンリの悪望能力か。
「シンリ・トウドウだったな。約束事を強制的に履行させる悪望能力ってわけだ」
「ええ、ご明察のとおりです。わたしが間抜けでないことは証明できましたか?」
「試すようなことをして悪かったよ」
エイスケは肩をすくめて謝る。
「それでは、次はこちらから質問させていただきますね」
どうぞ、とエイスケはジェスチャーと共に促した。エイスケは急速に頭を回転させていく。『暴きだす真実の水瓶』といい、シンリ・トウドウの悪望能力といい、思っていたよりもこの選考面談、準備に力が割かれている。本当か嘘か見抜かれる以上、発言する内容には細心の注意を払わなくてはならない。隠すべきこと、隠すべきでないことを切り分けながら、エイスケは質問に備える。
まずはジャブから仕掛けてくるはずだ。
「エイスケさん、何を企んでいますか?」
ストレートが来た。疑われていた。エイスケが目的を持って
「なななななななな何も?」
エイスケの動揺したような声と共に
「
エイスケは両手を上げて降参するポーズをした。
「半年前に友人が
「……
ユウカが返答するまでに妙な間があった。
「ネメシス。知ってるだろ?」
ケイオスポリスには大小様々な犯罪組織が巣くっているが、その中でもネメシスはかなり関わりたくないほうの組織だ。彼らは
「なるほど。しかし、ネメシス案件は階級の高い調査官に任せられています。では、こういうのはどうでしょうか?」
ユウカは良いことを思いついたと言わんばかりに手を打って提案した。
「エイスケさんは
「……随分協力的なんだな」
「凶悪犯を捕まえるためですからね。どうでしょう?」
「そうだな。凶悪犯を捕まえるためだ」
「ええ。凶悪犯を捕まえるためです」
エイスケとユウカは見つめ合う。『暴きだす真実の水瓶』が
「助かるよ。よろしく頼む」
エイスケはユウカに手を差し出した。一瞬の間のあと、ユウカはがっしりとエイスケの手を掴んで握手に応じる。
「それでは面談を続けますね。エイスケさんは前科がありますか?」
エイスケはこの場にいる人間全てに気付かれぬように軽く息を整えた。
大きな嘘を隠すコツは、あえて小さな嘘を相手に見つけさせることだ。ここまでは、隠すべきでないことの話。ネメシスを追っていることがバレることまで、全てエイスケの想定通りに進んでいる。あとはこの先の質問を切り抜けるだけだ。そして、そのための小細工はすでに仕掛けてある。
「前科はない」
「あなたの悪望能力を教えていただけますか?」
「俺は『不可侵』の
「人を殺したことはありますか? または殺意を抱いたことは?」
「どちらもない。温厚な性格なんでね」
「能力を使って誰かに重傷を負わせたことは?」
「ないね。そんなおっかないことはできない」
「
「誓えるが……意外だな。
「わたしたち第十二課テミスは、
「さっきおたくのアレックス君に空から落とされましたけど!?」
その後も矢継ぎ早に質問されるが、全て即答していく。数十の質問に答えたところで、ユウカは満足そうに頷いた。
「最後の質問です。あなたは
「いいや。俺があんたたちに敵対することは絶対に無いと誓おう」
「素晴らしいですエイスケさん!
「どうも。悪いね、疲れただろう?」
「いえいえ、面談は慣れていますから」
「そうじゃなくってさ」
エイスケは首を振った。
「あんた、本当に
ユウカの笑顔が凍った。エイスケはユウカと同時に、後ろの二人組の執事も観察する。老執事の反応は特に変わらず、銀髪の少女は少し俯いた。やはり老人のほうは手強そうだ。
「……そんなことはありませんよ」
「本能で動くサル以下の生物にしては勘が良いのですね」
「急に口が悪くなったな」
エイスケは思わず笑ってしまった。辛辣な言葉だが、本音だろう。ケイオスポリスの住民としては、先程までの虚構が混じった会話よりも断然好ましい。
「あんたそっちの態度のほうが似合ってるぜ」
「ありがとうございます。あなたも所詮は
エイスケは分かってるよ、とヒラヒラ手を振りながら部屋を出た。
エイスケが取り調べ室を出ると、執事の老人も一緒についてきた。
「お疲れ様でした。エイスケ様」
「悪いね。あんたのところのお嬢様をいじめちまった」
「いいえ。本音を悟られるユウカ様に非がありましょう」
スパルタだねえ、とエイスケは笑う。
「改めて、
「ローマン・バトラーと申します。ユウカ様の執事をさせて頂いています」
ローマンは恭しく頭を下げると、申し訳無さそうに眉尻を下げた。
「ユウカ様の態度にご気分を害されましたでしょうか?」
「いいや。
「桜小路家のことを調べればすぐに分かることなので正直に申し上げます。ユウカ様はご両親を
友人が
「
桜小路ほどの大財閥の総帥が、治安維持組織の
「ケイオスポリスじゃあ良くある話だ。良くある話なんだが……」
エイスケは困ったようにうーんと唸る。
「エイスケ様はそういった話に弱いほうですかな?」
ローマンがニヤリと笑って問いかけてくる。食えない爺さんだ。ユウカの事情を話せばエイスケが味方につくと判断して追いかけてきたのだろう。
「ユウカ様のことを気にかけていただけると助かります。ユウカ様には一人でも多くの助けが必要なのです」
ローマンが深く頭を下げる。これほど慕われているユウカを羨ましく思う。
「お嬢様の事情は分かったよ。あまりいじめるようなことはしない。これでいいだろ?」
「ええ。よろしくお願い致します」
会ったばかりだが、ユウカのために動くこの老人のこともエイスケは少しばかり好きになりつつあった。
「お嬢様のことが好きなんだな」
「ええ。立派な方です。私も桜小路家の剣として誇らしく思います」
ローマンは誇らしげに胸を張った。
◇◇◇
エイスケの面談が終わったあと、アデリー・ソールズベリーもまた、
だらだらと冷や汗をかきながら、アデリーはユウカに懇願する。
「あの~わたくし、おうちに帰りたいのですが」
「大丈夫。悪いようにはしませんよ。あなたがわたしの言うことをちゃんと聞いてくれたらの話ですが」
「ひぃぃぃぃぃぃ」
ユウカの笑顔の圧に、アデリーは震え上がり、
◇◇◇ お礼 ◇◇◇
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ヴィランズの王冠の書影が公開されました。ハル・フロスト、エイスケ・オガタ、アレックス・ショー、ローマン・バトラーのイラストが見れます!
https://kakuyomu.jp/users/natu_0710/news/16817330653350177301
続きが気になる、面白い、各キャラクターの活躍が見たい、
と思ってくださいましたら、★評価やフォロー、応援をして頂けると励みになります。
今後も頑張って書いていきますので、よろしくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます