第3話 勧誘

「俺は何もやってないんですよ! 本当なんすよ、信じてくださいお巡りさーん!」


 エイスケは悪役対策局セイクリッドの事務所に連れ込まれていた。悪役対策局セイクリッドといえばケイオスポリス最大の治安維持組織のはずだが、それにしてはこじんまりとした三階建てのビルだったのが意外だった。

 ともかく悪役対策局セイクリッドに手錠をかけられて事務所に連れ込まれた悪役ヴィランの未来など一つしか無いだろう。取り調べのあとに刑務所行きだ。


「マジで心当たりないんだって! 知らない女に襲われただけ!」

「犯人は皆そう言うんだ」


 ハル・フロストの言葉にギクリとする。

 実を言うと心当たりは無数にあった。地下闘技場の凶獣が正規の手段で飼われているとは到底思えない。その地下闘技場に雇われて凶獣を捕まえようとしたエイスケもケイオスポリスの法に違反している。そもそもエイスケは日頃から裏社会の仕事を引き受けて生計を立てており、引き受けた仕事の大半が違法だ。


 エイスケはベソをかいて弁明したが、聞き入れられなかった。エイスケはハルとシンリに付き添われながら取り調べ室に入れられると、シンリが話しかけてくる。


「今からこの部屋にある女性が入ってくるが、君はその女性を攻撃しないことを約束して欲しい」

「……へえ」


 エイスケは泣き真似をやめて違和感を整理する。エイスケは手錠をかけられただけだ。悪役ヴィランを取り調べするなら悪望能力を封じる厳重拘束具を使うのが当たり前だが、シンリたちにその様子は無い。これから、対等な会話をするつもりなのだ。つまり、逮捕が目的ではない。


 逃走する機会はいくらでもあったのにエイスケが大人しく従ったのは悪役対策局セイクリッドの情報を得るためだったが、これは正解だったかもしれない。

 エイスケは頷くと、ジャラリと手錠のつけられた両手首をシンリに差し出した。


「手錠を外してくれ。あんたたちが俺を攻撃しない限り、俺もあんたたちを攻撃しない」


 シンリは軽く頷くと、手錠を外し、エイスケの後ろに控えるように立った。


「え? こいつ犯罪者じゃないのか?」


 不思議そうなハルの言葉が不安を煽ったが、いったん気にしないことにする。


 手錠が外されてすぐに、美しい少女が入ってきた。悪役対策局セイクリッドの制服を着ているが、胸につけているバッジはシンリのよりも豪奢で階級が高いことが分かる。少女の後ろには黒い執事服を着た老人と銀髪の少女の二人組が控えていた。銀髪の少女のほうは何故か水瓶を抱えている。

 悪役対策局セイクリッドの少女は、机を挟んでエイスケの対面に座ると、朗らかな笑顔で話しかけてきた。


「こんにちは! ユウカ・サクラコウジです。ユウカって呼んでくださいね!」

「エイスケ・オガタだ。……サクラコウジって、あの?」

「はい、桜小路財閥の総帥を務めています!」


 桜小路財閥はケイオスポリスでも有数の大財閥だ。悪役対策局セイクリッドにも出資していたのか。しかも総帥? エイスケにとって雲の上の存在である。エイスケは居住まいを正した。


「へへ、肩でもお揉みしましょうか」


 とりあえずは長い物には巻かれるのがエイスケの処世術だ。


「まずはエイスケさんに来て頂いた理由をお話させてください」


 ユウカはエイスケの媚びを華麗にスルーして会話を続けた。


「エイスケさん、わたしたち悪役対策局セイクリッドがどんな組織かは知っていますか?」

悪役ヴィラン専門の警察みたいなものだろ」


 ケイオスポリスにいれば誰でも知っていることだ。ケイオスポリスで起こる悪役ヴィラン犯罪には警察では対処しきれない。そのため、この街には対悪役ヴィラン犯罪に特化した治安維持組織が存在する。悪役ヴィランで構成された対悪役ヴィラン組織、悪役対策局セイクリッドである。


「ええ。それだけ分かっていれば充分です」


 ユウカは頷くと、本題を切り出す。


「これは勧誘です。エイスケさん、悪役対策局セイクリッドに加入するつもりはありませんか?」

「「なんだって?」」


 自分の耳がおかしくなったのかと思い、エイスケは思わず聞き返した。同じく疑問に思ったハルの声も被った。エイスケの傍らに立っていたシンリが説明を引き継ぐ。


「私が推薦したんだ。エイスケ、悪党から女の子を守っていただろう? 戦闘能力がある悪役ヴィランが一般市民を守ることなんて滅多に無いからな。是非ともウチに欲しい」

「また、急な話だな」


 悪役対策局セイクリッドに入る。考えたことも無かった選択肢だ。しかし、考えようによっては望ましい展開だった。エイスケの目的は悪役対策局セイクリッドが抱えている情報を集めることで、それを叶えるためには、むしろベストな選択に思える。


「シンリ、僕は反対だぞ。こんなどこの誰かも分からない悪役ヴィランを入れるなんて」

「もちろん選考面接はする。ハル、悪役対策局セイクリッドの人事決定権はユウカ殿にあるのは知っているはずだ」

「それは、そうだけど」


 渋るハルの様子を見ながら、エイスケは考えるふりをした。すでに悪役対策局セイクリッドへの加入を決意していたが、簡単に頷いて疑われることは避けたい。少しもったいつけて、うんうんと唸る。

 そんなエイスケの背中を押すためか、ユウカが問いを投げかけてくる。


「エイスケさん、異能力者がなぜ悪役ヴィランと呼ばれているか、理由を知っていますか?」

「? そりゃあ……悪役ヴィランの持つ悪望能力が、人を傷つける危険な能力だからだろう」


 覚醒した悪役ヴィランの大半は殺傷能力の高い悪望能力に目覚める。そこにいる自称『正義』を名乗るハル・フロストですら、他者を斬るための剣を具現化する悪望能力を持っているのだ。


「ええ。悪望能力は個人が抱いた強い願いを叶えるために顕現しますが、なぜか高確率で他者を蹂躙する形をとります」


 なぜか、ね。エイスケに言わせれば個人の願望とは多かれ少なかれ他人を蹴落とす性質を持つものだが、黙って話を促す。


「だからこそ、このケイオスポリスに秩序を守るため、危険な悪役ヴィランを鎮圧するために私たちが必要なのです。悪役ヴィランによって構成された対悪役ヴィラン組織、悪役ヴィラン対策局セイクリッドが。しかし、」

「人員が足りない、か。まあそりゃそうだよな。悪役ヴィラン狩りの悪役ヴィラン、制御不能な無法者どもに務まるとはとても思えねえ」


 ついでに言うと先程会った無法者どもにも務まるとは思えなかったが、これも黙っておく。


「わたしは、この街で好き勝手に暴れまわる悪役ヴィランを必ず一掃します。そのために、あなたの力を借して欲しいんです」


 ユウカの声色には覚悟のようなものが滲んでいたが、エイスケには共感できなかった。そもそもエイスケ自身が悪役ヴィランであるし、また、ユウカが言うところの好き勝手に暴れまわる連中がさほど嫌いではないのだ。悪役ヴィランを一掃する組織が悪役ヴィランの力に頼っているのも矛盾を覚える。

 しかし、シンリとユウカの勧誘に乗るならこのタイミングだろう。エイスケはなるべく感極まった声を出してユウカに賛同した。


「感動したぜ、ユウカ。あんたたちはケイオスポリスに平和を取り戻す英雄ヒーローってわけだ。ハルの言葉を借りるなら、俺の『正義』の心が燃えてきたぜ。全面的に協力させてもらう」

悪役ヴィランが『正義』を語るな」

「感謝する」

「ありがとうございます!」


 ハルが嫌そうな顔をして、シンリは感謝し、ユウカは満面の笑みで礼を述べる。三者三様の反応。その後、ユウカは少しだけ申し訳無さそうな表情をする。


「これから簡単な入局面接だけさせてください。形式だけではあるのですが、悪役対策局セイクリッドに入局するためには選考を通過する必要があるんです」

「ああ、もちろん構わないぜ」

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