第2話 『自動人形』の悪役 その2

「さんきゅー、アレックス。やっぱり見下ろす側のほうが気持ち良いな!」

「……生きてる?」


 エイスケとハルは空中を飛行していた。眼下にはクレーターの中心部にベヒモスが佇み、ベヒモスの頭部にいるアデリーがグルグルと目を回しているのが見える。あんなところにいたら酔うに決まっているだろう、アホなのかあいつ。


 少々息苦しさを覚えながら今度は上を見ると、巨大なコウモリの羽を生やした男が、エイスケとハルの腕を掴んで飛んでいた。間違いなく何らかの悪望能力を行使している。悪役ヴィランだ。


「アレックス、状況は?」

「ディルク先輩が『分析』してくれたであります。前脚と鼻に脆い箇所があるので、そこを潰して無効化してから悪役ヴィランを捕まえるのが良いとのことであります。シンリ課長が前脚のほうに向かっています」

「じゃあ僕は鼻を叩くか」


 アレックスと呼ばれた男もハルと同様に悪役対策局セイクリッドの白い制服を着ていた。白い髪に白い肌、白い制服。全身が真っ白な中、赤い瞳が爛々と輝いている。思わずアデリーの赤い瞳を連想してしまうが、エイスケを助けてくれたということは敵ではないのだろう。エイスケが静かに観察していると、アレックスに気付かれてしまった。


「ああ、この瞳は生まれつきであります。自分はアレックス・ショーであります」

「エイスケ・オガタだ。悪いね。じっと見ちゃって」

「いえいえ。お気になさらず」


 アレックスは柔和な笑顔を作る。この日初めてまともなコミュニケーションを取れそうな悪役ヴィランに出会ったことにエイスケが感動していると、アレックスはそのままセリフを続けた。


「見た目で判断されるのは不快なので、このまま落とすでありますね」

「ハハハハ。おいおいハル。お前の同僚、面白い冗談を言う――うおおおおおおっ!?」


 急速に遠ざかっていくアレックスとハル。違う、エイスケが遠ざかっているのだ。

 嘘だろ!? 本当に落としやがった!

 エイスケは『不可侵』の障壁を自身の真下に薄く何枚も展開した。エイスケと障壁が接触するたびに障壁が割れるが、そのたびに落下スピードが落ちていく。充分に速度を落とした状態でエイスケは着地すると、息切れしながら悪態をつく。


「ハアッ、ハアッ、ハアッ。まともな悪役ヴィランはいないのか!」

「ここにいるぞ。すまないな、ハルとアレックスは少々気難しいところがあってね」


 知らない声がエイスケに答えた。今日はよく悪役ヴィランに会う日だ。エイスケが警戒しながら後ろを見ると、そこには生真面目な表情をした黒髪の青年が立っていた。片手にはカタナを持っている。得物と顔立ちからしてエイスケと同じ東洋の島国出身だろう。様々な国の出身者が集まるケイオスポリスでは珍しくない。


「あんた、もしかして前脚担当の”シンリ課長”?」

悪役対策局セイクリッド第十二課課長シンリ・トウドウだ」

「エイスケ・オガタだ。これは善良な一般市民からの忠告だが……あんたの部下、道徳の授業を受けさせたほうが良いぜ」

「考えておこう。ムッ、君、その姿は……?」


 エイスケは自分の格好を見下ろした。悪役ヴィランの回復能力の高さ故にすでに血は止まっているが、全身が傷だらけだ。


「ああ、気にしなくていいぜ。もう血は止まってる」

「服装が乱れているな。もっと身だしなみに気を付けろ」

「本当に心配する場所はそこで合っているんだろうな?」


 シンリはエイスケの服装をいじり、きっちりと見た目を整えると、満足したように頷いた。


「よし、悪くない見た目になったな。私はあの巨大機械人形を倒す任務があるため、これで失礼する」

「おう。忙しいところ悪かったね……」


 そのままシンリは巨大な機械人形ベヒモスを見据えると、カタナを構えて疾走しはじめた。疾い。悪役ヴィランの身体能力は悪望深度に比例して上がると言うが……シンリの身体能力はエイスケのそれを大きく上回っている。武力による悪役ヴィラン鎮圧を目的とする悪役対策局セイクリッドの課長を名乗るだけのことはある。

 シンリはあっという間にベヒモスに到達すると、驚異的な身体能力でそのまま膝にあたる関節部まで駆け上がり、カタナで切った。

 巨大なベヒモスに対してはあまりにも小さな傷、しかしベヒモスについた傷はおおきく広がりはじめ、やがて自壊するように膝が砕け散った。


「嘘ぉ」


 エイスケは思わず声を漏らした。

 あの巨大機械人形にカタナの一撃が通るのも驚異だが、その小さな傷のみでベヒモスの膝が砕け散ったのはもはや怪奇現象だ。


「シンリの何らかの悪望能力……いや、アレックスが何か言っていたな。”ディルク先輩”による『分析』か」


『分析』の悪望能力。対象の弱い箇所を見抜く悪望能力といったところだろうか。


 片脚を失ったベヒモスはグラリと傾くが、倒れずに踏みとどまった。怒ったようにベヒモスは唸り、鋼鉄の鼻を振り回す。長い鼻がシンリを襲おうとするが、直後、上空からハルが降ってきた。


 ハルは器用に鼻に着地、頭部に向かって駆け上がると、とある一点に白剣を突き刺した。シンリのカタナと同様に小さい傷からピシリと亀裂が入っていき、鼻が根本から折れて落下する。凄まじい重量の鼻が落下したことによる轟音と地響き。

 立て続けに脚と鼻を破壊されたベヒモスはついにバランスを崩した。うつ伏せになるように腹から地面に倒れる。頭部にいるアデリーは落下しかけていたが、両手でベヒモスに捕まってなんとかぶら下がっている。


「あら、わたくし何を……? お、落ちる! 落ちますわ、助けて下さいまし~!」


 いつの間にかアデリーの瞳は元の青色に戻っていた。正気に戻ったのだろうか?

 アデリーが元に戻った以上、これで決着だろう。

 ハルがアデリーがいる場所に駆け寄って引っ張り上げる。そのまま手錠でもかけるのかな、とエイスケはぼんやりと様子を見ていたが、ハルはへたり込んでいるアデリーに対して剣を掲げると、そのまま躊躇なく振り下ろした。ひぃっ!


「き、斬った! 正義惨殺剣で斬りやがった!」

「落ち着くであります。ハル先輩が悪望能力で生み出した武器は、人を斬れないのであります」


 いつの間にかアレックスがエイスケの側に立っていた。落下で死ななかったからトドメを刺しに来た訳じゃないよな? エイスケはアレックスを警戒しながらも、ハルとアデリーの様子を伺う。


「生きてるな……?」


 あの剣の軌道なら間違いなく真っ二つになっているはずだが、実際にはアデリーは気絶しただけのようだった。意識を失ったアデリーを抱えながら、ハルがこちらに歩いてくる。シンリも一緒だ。


「僕の悪望能力は悪役ヴィランの鎮圧に特化しているからな。普通の人間を斬っても何も起きないし、悪役ヴィランを斬っても悪望能力の出力を下げて気絶させるだけだ。そもそも『正義』が人を殺すわけがないだろう」


 どうやらハルにも聞こえていたようだった。ハルの呆れた声による解説が入る。


「じゃあなんで正義惨殺剣って名前なんだよ。ネーミングセンス最悪か?」

「なんでだ、正義惨殺剣、格好良いだろう!」

「あなた、ハル先輩のネーミングセンスを疑うのでありますか?」

「……」


 同意を求めるためにシンリのほうを見るが、シンリは諦めろとばかりに首を横に振った。


「まあ、そうだな、俺が間違ってたよ。どうやら事件も解決したようだし、俺はそろそろお暇しようかな?」

 今日のところは悪役対策局セイクリッドの情報が手に入っただけでも収穫はあった。エイスケはこの場を去ろうとして、ハルに呼び止められる。

「あ、ちょっと待ってくれ。両手をだしてもらってよいか?」

「両手? なんで?」


 ハルの指示に従って両手を出すと、ガチャリと手錠をかけられた。


「ちょっとそこの悪役対策局セイクリッドの事務所まで来てもらおうか」


 なんで?

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