第1話 『自動人形』の悪役 その1

「あー、俺の聞き間違いかもしれないから、もう一度聞かせて欲しいんだが。今『正義』の悪役ヴィランって名乗った?」


 悪役対策局セイクリッドの白い制服をきっちりと着こなしている小柄な少年ハル・フロストは、得意げに胸を張った。


「そう、『正義』の悪役ヴィラン、ハル・フロストだ!」

「……うん、そうだな。なんというか『正義』って雰囲気出てるぜ、あんた。その剣も、その、格好良いし」

「格好良いだろう! 正義惨殺剣って言うんだ!」

「……」


 色々と言いたいことをエイスケは呑み込んで、カクカクと頷いた。悪役ヴィランとの会話にはどこに地雷があるのか分からない。変にツッコミを入れて貴重な援軍を失いたくはない。


「オーホッホッホッホ! 悪役対策局セイクリッドが来たところでわたくしのお友達の前ではチリも同然ですわ~!」


 ハルは高笑いしているアデリーのほうをチラリと見ると、エイスケに問いかけてくる。


「アレ、いつもあんな感じなのか? 知り合いか?」


 相変わらずアデリーの瞳は赤く染まっており、何か異常事態が起きていることは間違いない。


「いいや、知らない子だな」


 エイスケは力強く首を横に振った。アデリーとは先程会ったばかりなので完全な嘘というわけではない。ケイオスポリスでは悪役対策局セイクリッドは警察と同格の逮捕権限を持っている。変に目立って悪役対策局セイクリッドに目をつけられるのは避けたかった。

 ふうん、とハルは興味が無さそうな様子で頷くと、アデリーのほうに向き直ると剣を構えた。


悪役対策局セイクリッド第十二課一等特別捜査官、『正義』の悪役ヴィラン、ハル・フロスト」

「『自動人形』の悪役ヴィラン、アデリー・ソールズベリーですわ」

「罪のない人々を傷つける犯罪者め、僕の『正義』を見せてやろう」

「わたくしの『自動人形』で麗しく斬り裂いて差し上げましょう」


 二人の悪役ヴィランは仲良く自己紹介を済ませると、必殺の悪望能力を構えて向き合った。アデリーはパチンと指を鳴らすと、さらに機械人形が空から降ってくる。それを見たハルは慌てることなく、静かに白色の両手剣を構える。


 ……ただの剣じゃあないな。

 クー・シーを一瞬で切断した現象は、ハルの剣の技量のみによって生まれたものではない。おそらくあの白い剣そのものが、ハル・フロストの悪望能力だ。


 ハルがアデリーの注意を引きつけている間に少女を逃しながら、エイスケはハルの戦いをじっくりと観察することにした。エイスケにはある目的があった。特に悪役対策局セイクリッドの情報は少しでも手に入れておきたい。


「オーホッホッホッホ! その男を華麗に千切りなさい、お人形さんたち」


 アデリーの機械人形たちがハルに殺到する。それに対してハルは悠然と両手剣を構えると、次の瞬間には、ハルの周囲にいた全ての機械人形は、斬撃によって真っ二つに切られていた。


「「は?」」


 アデリーとエイスケの驚愕の声が合わさった。エイスケとてそれなりの年数をケイオスポリスで生きてきた悪役ヴィランだ、悪望能力が起こす不可思議な超常現象を知らぬ訳ではない。しかし、そのエイスケの知識を持ってしてもハルの剣の攻撃力は度が過ぎている。


 直接手を合わせたエイスケには、アデリーが高位の悪役ヴィランであることが分かる。おそらく悪望深度B以上の悪役ヴィランだ。そのアデリーが使役する鋼鉄の機械人形をバターのように切り裂く? いったいどんな悪望能力だ?


 エイスケが唖然としている間に、いつの間にか決着はついていた。

 アデリーの機械獣たちはその尽くがハルの白剣に斬られ、活動を停止していく。

 最後の機械人形が切られると、ハルはアデリーの喉元に剣を突きつけて降参を促した。


「投降しろ。アデリー・ソールズベリー」

「な、なんて酷いことを! わたくしのお友達はお人形さんたちしかいませんのに!」

「大切なお友達を戦わせるんじゃあないよ」


 わなわなと震えるアデリーにエイスケがツッコミを入れる。アデリーはしばらく涙目になって肩を震わせていたが、指を大きくパチンと鳴らすと、やけくそ気味に叫んだ。


「こうなったら奥の手ですわよ! いらっしゃいな、大きなお友だちベヒモス!」


 動かなくなった機械人形の屍たちが集まり、巨大な一つの機械人形として再構築され始める。

 しかし、アデリーがどんな奥の手を使おうとも、剣を突きつけているハルのほうが早い。エイスケはハルが対処するだろうと思って黙って静観していたが、ハルが一向に動かないことに気付いて青ざめた。


「おい、ハル、ハル・フロスト? おーい、どうした、ハルくーん?」


 よく見るとハルは巨大な機械人形を見上げ、目を輝かせている。


「おい見ろよ、巨大ロボだ! かっけー!」

「子供か!」


 いや、子供なのか。エイスケより頭一つは小さい身長150センチメートル前後のハルは、どう見てもエイスケより歳下だ。十二歳ぐらいだろうか。悪役対策局セイクリッドに児童労働を戒める規律は無いのか?

 ハルとエイスケがもたついている間に、アデリーの巨大な機械人形が完成してしまった。でかい。数十メートルはある。象のような巨大機械人形には長い鼻がついており、その頭部にはいつの間にかアデリーが乗っていて高笑いしている。


「オーホッホッホッホ! ベヒモス、壮麗に踏み潰してしまいなさい!」


 エイスケとハルはベヒモスを見上げていたが、顔を見合わせると、くるりと背を向け、走り出した。逃げ出したエイスケたちを追うようにベヒモスがゆっくりと前進を始める。


「うおおおおおお! おいハル、あれどうにかならないのか!」

「僕の『正義』に不可能はない! ないが……ちょっと考え中だ! えーと、君の名前は……」

「エイスケ・オガタだ! ノープランなんだな? そうなんだな!?」


 ベヒモスについた象の鼻のような長い鋼鉄の鞭が、エイスケたちの少し後ろの地面を叩きつける。凄まじい音と共に地面が大きく揺れた。


「やばいやばいやばい、マジで死ぬぞコレ!」

「高いところから見られて腹が立ってきたな。僕は見下されるのが凄く嫌いなんだ」

「余裕あるねえハルくん!」


 建物を巻き込み破壊しながら突き進むベヒモス。ビルの破片が豪快に降り注いでくるが、エイスケは『不可侵』の障壁で防ぎ、ハルは『正義』の白剣で斬り落とす。


「おい、これ死人出てるんじゃないか!?」

「心配ないよ。悪役対策局セイクリッドがいま避難させてる。そろそろ応援も来るはずさ」


 それはそうか、これほどの規模の悪役ヴィラン災害にハル一人で対処する訳がない。安堵したのもつかぬ間、背筋が凍る。ちらりと後ろを振り返ると、ベヒモスが大きく膝を曲げていたのだ。これは、まさか。


「オーホッホッホッホ! そろそろトドメですわよ~」

「ひっ」


 思わず恐怖の悲鳴が漏れた。ベヒモスがジャンプしたのだ。

 エイスケとハルの遥か上空にベヒモスが跳び上がり、二人を巨大な影が覆う。落下し、押し潰さんと急激なスピードで迫るベヒモス。

 大丈夫、何も視えない。俺はまだ死なない。大丈夫なはず、大丈夫だよな? 頼むから何か起こってくれ!

 エイスケが目を瞑ると同時に、ベヒモスの巨躯が落下し、地響きと共に巨大なクレーターが生まれた。

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