58話 いざ幕末配信!(完)

「……懐かしいですねぇ。京の香りがしますよ」


 最初に目覚めたのは沖田だった。


「総司もいつの間にか詩人になったみたいだな。今度斎藤君に句の詠み方でも教わったらどうだ?」


 すぐ隣で目を覚ました近藤が、沖田を見て笑う。


「良いですねえ。よろしくお願いしますよ、諾斎だくさい先生」


 皆、やはり幕末の世……彼らからしてみれば本来の時代に戻って来たことを懐かしがり、そして喜んでいるようだった。


「……浮かれてる場合じゃねえぞ。今度こそ薩長の時代にしないために、俺たちは一刻一刻を大事にしていかなきゃならねえんだ」


 土方だけが渋い顔をしていた。


「おい、小娘……お前もとっとと起きろ」


 土方が傍で伸びているはるぴよをそっと揺り動かす。


「……う~ん、ダメダメ……寝たら落ちる、寝たら落ちる……」


 だがはるぴよは未だ夢の中だった。

 土方が再びはるぴよの肩を揺する。


「……は、へ、また慶光大落ちる夢見てた……え、ここってもしかして幕末の時代ですか!?」


 飛び起きたはるぴよに、傍らのケットシーちゃんが微笑む。


「はい、正真正銘幕末の世です。元治元年(1864年)の……今は春ですねぇ」


「……あれ、ケットシーちゃん? 何かちょっと小さくなってない?」


 元の黒猫姿のケットシーちゃんは、普通のイエネコよりもかなり大きく中型犬くらいの大きさをしていたはずだが、今はるぴよの隣にいるケットシーちゃんは子猫くらいの大きさになっていた。


「あの、えっと、ちょっとやはり短期間に魔法力を使い過ぎてしまったみたいで……でも少し経てば戻ると思いますから、お気になさらずに」


「そっかぁ、人の姿に変身したり、月光窓帷ルナティックカーテンしたり、何よりタイムスリップなんていう極大魔法を使わせちゃったもんねぇ……。でも子猫サイズのケットシーちゃんの方が可愛いからオッケーだよ!」


 はるぴよが、わしゃわしゃとアゴの下を撫でるとそれに応えてケットシーちゃんはゴロゴロと喉を鳴らしてはるぴよの膝の上に乗ってきた。


「……って、こんなことしてる場合じゃないんだ! えまそん! えまそん、聞こえる!?」


「はいは~い、聞こえるよぉ。はるぴよ元気ぃ?」


 えまそんのいつも通りののんびりした声が聞こえてきてはるぴよは狂喜した。


「聞こえてるんだ! 映像も見えてるってこと!?」


「は~い、ちょっと画質は粗いけど、全然大丈夫、配信には問題ないレベルだよぉ」


「ありがとう、ありがとう、ありがとう! やっぱ持つべきものは親友だねぇ! うん、うん!」






「やほほ~、はるぴよです! はるぴよだよ! 本物のはるぴよなんですよ~! なんと! 遂に来てしまいました、本物の幕末の京都です! 経緯については前回の動画をご覧ください。とにかく本当に私はタイムスリップして幕末の京都に来ているのです!!!」


 見る見るうちに同接の視聴者が増えてゆく。今まで見たこともないペースだ。

 

 この数字を見た瞬間はるぴよは勝利を確信した。圧倒的大勝利は間違いないのだ。

 幕末の京都で活躍する新撰組の姿を生配信する……今まで誰も成し得なかった、それどころか想像すらしていなかったことをこれから自分がやるのだ!

 革命的配信になることは間違いない! 自分がこの幕末リアルタイム配信というジャンルを独占するのだ!

 ダンジョン攻略配信に飽きてきている視聴者も多少はいるだろう。そういう人たちにとって……そうでない視聴者にとってもだが……本物の幕末の京都の映像はとても刺激的なものになるだろう。

 視聴者数はえげつないことになるだろう。それに伴い広告収入はえげつないことになるだろう。……いや、通常の広告だけでなく、それだけ大きな話題になれば独自のスポンサー企業が付いてくるに違いないだろう。


 ……ああ、夢が広がるなぁ。今まで苦労した甲斐があったなぁ……。

 はるぴよの想像は遥かに広がっていった。




「おい、小娘。ニヤニヤするな、気持ち悪い」


 相変わらずの手厳しい土方の言葉に、はるぴよは現実に引き戻された。


「ともかく俺たちは壬生みぶの屯所に戻る。状況を整理してすぐに俺たちは動き始める、未来を変えるためにな。……お前も来るのか?」


「は、はい! そりゃあもう! っていうか、皆さんも私のアイデアがなかったらもう一度こっちの世界に戻って来ることは出来なかったんですからね! 少しは感謝して下さいよ!?」


 若干突き放したような土方の言葉にはるぴよは憤慨し、自分の存在が彼らにとって如何に重要であるかを訴えた。


「わかっておる。……だが屯所は女人禁制ゆえお前を入れるわけにはいかぬ。どこかにお前の住処すみかも準備する。お前のことだから巡察に同行してのそのをするつもりなのだろうが、俺たちは当然任務だから浮浪を討ち取ることが優先だ。自分たちの身を守ることが優先だ。お前のお遊びに付き合ってばかりもおれぬ。お前も自分の身は自分で守るつもりでいろよ?」


「あ、え、はい……」


 もちろんわざわざ幕末の京都に来て平和的な日常を配信していては面白くない。

 薩長の志士たちと新撰組の斬り合いを生で配信することが、コッチにタイムスリップしてきた醍醐味なのだ。


「一応忠告しておいてやるがな、今の京は鬼の巣窟だと思えよ? さっきまでいた、あのちんけな洞窟の比じゃねえからな」


 ニヤリと笑った土方にはるぴよは声を震わせながらも強がる。


「ま、まあ、でも、ほら私、回復魔法ヒールは得意だし、一撃で死ななきゃ大丈夫ですから」


「あのぉ……はるぴよさんの『ダンジョン攻略免許』は新宿フルシアンテの中でのみ有効ですから、あくまでダンジョン内でしか魔法は使えませんよ?」


 懐に抱いていたケットシーちゃんから思わぬ忠告が入る。


「は、あ、え、ウソでしょ? 回復魔法ヒール使えないの? ちょ、ちょっと一回現代に戻って、装備とか色々準備し直してきた方が良いかなぁ? なんて……」


「あ、今の私にタイムスリップのような極大魔法はムリですよ? しばらくは魔法力の回復に努めないと」


「あ、そうだったよね……。何時間くらいかかるのかな? ひょっとして何日かかかるの?」


「何日? 元々の私の最大魔法力を舐めてもらっちゃあ困りますよ、はるぴよさん! それだけの極大魔法をつかったのですからね、元に戻るには最低1年くらいはかかりますね」


 ケットシーちゃんがはるぴよの手の平に頭をこすりつけながら言った。

 安心しきったその顔はとても気持ち良くて幸せそうだった。


「は、え、ウソでしょ!? 1年!?魔法も使えない中で1年こっちでやってかなきゃいけないの?万が一不逞浪士に斬られでもしたら……ジ・エンドじゃないのよ!!!」


 ようやく状況が飲み込めたはるぴよはヒステリーで暴れ出さんばかりだったが、事態は後の祭りだ。

 すべてははるぴよの思惑通りに進んだがゆえにこうなったのだった。


「……おい、小娘、せいぜい死なないようにな! 死んだら後始末が面倒だからな」


 土方がはるぴよを見てニヤリと微笑んだ。


「いやぁ、ちょっと待ってって!!!」


 はるぴよの絶叫が幕末の京に響き、そして時空を超えて生配信を観ている20万人の視聴者にも届いたのであった。






 (おしまい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新撰組と一緒ならダンジョン攻略も楽勝でしょ? きんちゃん @kinchan84

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ