陶酔/桜庭ミオ への簡単な感想

 応募作品について、主催者フィンディルから簡単な感想を置いています。全ての作品に必ず感想を書くというわけではありませんのでご注意ください。

 指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。

 そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。


 またネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。




陶酔/桜庭ミオ

https://kakuyomu.jp/works/16817330653194158655


フィンディルの解釈では、本作の方角は北北西です。

北北西ではありますが、フィンディルが今まで読んできた桜庭作品のなかで一番北向きだと思います。


本作を読んで驚いたのが(馴染みの読者も驚いたでしょう)、司が日奈と付きあって別れるまでの流れがめちゃくちゃしっかり書けていたということです。語り口もそう、司と日奈がすれ違っていく両者の心情描写もそう、いずれをとっても真北らしい恋愛の筆致でした。名前を伏せて出されるとおよそ桜庭さんの作であると気づかないくらい解像度が高かったのです。すごくちゃんと北でした。

北向き作品を愛好して西向き作品に首をひねるタイプの読者であっても、本作の司と日奈のパートについては特に引っかかりなく「良く書けてるね」と読めたのではないかと思います。


フィンディルとしては、桜庭さんの創作適性を考えるとかなりすごいことをしているように感じました。桜庭さんは筆致が西に寄りがちで、それゆえに西的な魅力を端々から香らせることはできるが、するする読める北的な筆致は得意ではない、そういう印象をフィンディルは持っていたからです。本作の司と日奈のパートは、そんな印象を覆すものでした。

逆に考えると、北的な筆致ばかり扱う創作者は、整わなさを魅力とする西的な筆致を解像度高く扱えますかという話ですから。これができる人はそういません。大体「いやそうじゃないのよ」みたいな筆致になっちゃいます。

するする読める北的な筆致ができている、上手く書けている、これは桜庭さんの作ということを考えるとめちゃくちゃすごいことだと思います。フィンディルの事前認識が誤ってたのかな? と思うほどですが、他の読者も同様のことを仰ってますから本作で新たに見せた一面ということなのだろうと思います。


起承転結などのエンタメ的な構成を組むのが苦手なだけで、文章や人物表現だけをとれば北相当の品質を出せるということなのでしょうか。

何かを参考にされたのかもしれませんけど、桜庭さんの引きだしがめちゃくちゃ増えた感覚を覚えました。「桜庭さんこういうのもこなせるの? すご」が正直な印象です。

「良く書けてるけど、そんなに言うほど?」と思われた北向き作家は、「良く書けている」と評せる品質の西向き筆致に挑戦してみてほしいと思います。


ただそれだけに本作の方角は西に寄らないんですよね。司と日奈のパートがあまりに北向きにちゃんと書けているので、それに引っ張られて桜庭作品にしては北寄りなんですよね。

もちろん真北ではありません。この白蛇の正体はわかりませんし、目的もわかりません、これからどうなるかもわかりません。また構成的に白蛇と司との関係性も強く出しているわけではありませんから、およそ真北とはなりません。

ただ西はそれくらいといえばそれくらいなんですよね。

司と日奈のパートが解像度高く北向きなので、白蛇パートの西らしさがあまり強く主張してこない。別の方が「北から入って西に抜けてった」と仰ってますがまさにそんな印象で、北パート+北西パートみたいな構成で書かれているように思います。

北+北西だから北北西だよね、みたいな感じです。


品質を追求する、あるいは北西を目指すのであれば、現状の北パート+北西パートという明瞭すぎる構成にグラデーションをつけていくのが有効だと思います。

本作は「ここまで北、ここから北西」が明瞭すぎるんですよね。「大丈夫。女は動かない。ドキドキするー。怖いよー。」からが北西です。真北ならこの独白で長音をつけませんから。ここからは私が知っている桜庭さんです。その境界線が段差のようにはっきりしすぎて作品の一体感に欠けているように感じられます。合わないジグソーパズルを無理やりはめているイメージといいますか。

ですのでスロープみたいに、北から始まって徐々に北西っぽくなっていくような見せ方ができると、より作品として馴染みが良くなると期待します。「最初は桜庭さんっぽくなかったけど、気づいたら桜庭さんの文章になってた」くらいが本作には合っていると思います。スロープでなく、段差をもう数段設けるでもOKです。

あるいはあえて段差を設けて雰囲気をガラリと変えることを目指されているなら、北パートと北西パートの文字数割合を調整してみることをオススメします。北パートが充実しすぎていて演出先行の感が強く、北西パートの西の主張が弱くなっているように思います。「何から何に変わった」の面白さではなく「変わった」の面白さになってしまっていて、少し力強さに欠けているかなと。

このサイズ感で北西で終わらせるのであれば、司と日奈のパートは上手く書けすぎてしまっているように感じます。

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