甘くて美味しい

クロノヒョウ

第1話



 仕事終わりにこの静かなバーでお酒を飲むのが俺の楽しみだった。


 毎晩遅くまで働いて帰りにうまい酒を味わう。


 それともうひとつの楽しみ。


 それはアルバイトのバーテンの辻くんを密かに眺めること。


「藤井さん、辻くんはうちの看板なんだから、手え出さないでよ」


「マスター、俺はただ眺めてるだけですって。そもそも俺は女の子が好きなんですから」


「はは、そうかい?」


 確かに俺は女の子が好きだ。


 でもなぜかこの辻くんが気になってしかたない。


 色白で華奢な体、さらさらの髪に美しく整った顔。


 正直、見ているだけでドキドキしてしまう、そんな不思議な感覚だった。


 男にドキドキするなんてどうかしてると自分でも思ってはいるが、それでも辻くんに会いにここに通っていた。


「藤井さん、今日もお仕事お疲れ様です」


「ん、ありがとう」


 俺の前にハイボールを置きながらそう言って笑顔をくれる辻くん。


「あー、癒される」


「あはっ、藤井さん、俺なんかで癒されるの?」


「そう」


「俺もカッコいい藤井さん見ると癒されるよ」


「なっ……お前なあ、そんなことみんなに言ってると勘違いされるぞ?」


「こんなこと藤井さんにしか言わないよ」


 そう言いながら視線をそらす。


 なんだこの可愛いのは。


「そうだ、藤井さんチョコ食べる?」


「ん、チョコ? いや、俺は甘いの苦手なんだ」


「そうなんだ」


「辻くんの甘い笑顔で充分だよ」


「あはっ」


 少し照れながら恥ずかしそうに笑う辻くん。


 ダメだ。


 こんな可愛い辻くんを見ているとどんどん自分が変になってくる。


 辻くんは男なんだぞ。


 俺も男。


 なのになんでこんなにドキドキするのだろうか。


「ズルいよ。藤井さんこそそんなこと言って、俺勘違いして好きになっちゃうじゃん」


「は? 好き?」


「ダメだよね。藤井さんは女の子が好きなのに」


「い、いや。好きって……そういう?」


「他にどんな好きがあるの?」


「ほら、お客さんとしてとか、人として、とか?」


「はは、俺の好きは恋愛対象としての好きだよ。俺の恋愛対象は男だから」


「へっ? そうなんだ……」


「うん」


「そうか……」


 もしかすると、俺のこのドキドキも好きということなのだろうか。


 恋愛対象として?


 辻くんと?


 俺は想像してみた。


 辻くんと付き合っている自分を。


「ん~……」


「どうしたの?」


「わかんねえ。ちょっとタバコ吸ってくるわ」


 男となんて考えたこともなかったから何も想像できなかった。


 もやもやした頭をすっきりさせようと俺は裏口から外に出た。


「ふう」


 いや、ちょっと待てよ。


 辻くんの恋愛対象が男なら、今まで辻くんは男と付き合ってきたということだよな。


 辻くんのあの笑顔をいつも見ていた男がいたってことだよな。


 キス、したり、他にもいろいろ……。


 他の男が辻くんを笑顔にさせたり真っ赤にさせたり。


 なんか、それって嫌だよな。


 そんなことを考えていると裏口のドアが開いた。


「おお、外は寒いね」


「わっ、なんだよ」


 寒そうにしながら辻くんが外に出てきた。


「俺も一服」


「お前タバコ吸わねえだろ」


「うん。なんか藤井さんを困らせちゃったみたいだったからさ」


 上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる。


「もう……お前、本当に可愛いな」


「あっ……」


 衝動的だった。


 無意識だった。


 ただたまらなくなった俺は気付いたら辻くんを抱きしめキスをしていた。


 俺は必死になってその小さくて柔らかい唇を貪った。


「ん」


「わっ、ごめん、つい……」


 唇を離すと辻くんは息を切らしながら顔を真っ赤にしていた。


 俺は思わずそのまま辻くんを抱きしめた。


「藤井さん……」


 自分の中でやっとはっきりとした答えが出た。


「俺、甘いもの苦手って言ったけど、やっぱ好きだわ」


「え?」


「こんなに甘くて美味しいお菓子、初めて食べた」


「……あは」


 俺は辻くんの顔を見つめながら言った。


「俺も好きだよ、辻くん」


「うん、だと思った」


「もう一回、食べていい?」


「はは……いいよ……あっ」


 俺は返事も終わらないまますぐにまたキスをした。


 もう男がどうとかそんなことはどうでもよかった。


 ただ辻くんが可愛くてたまらなかった。


 こんなの他の男になんて絶対渡さない。


 とろけるようなキスは、やっぱり甘くて美味しかった。



          完




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