遠ざかる君と空

 カフェから出ると、雲の厚さのせいか、もうすっかり暗かったので、私たちは帰路に着いた。歩いていくと、五年前に奏斗の告白を受けた、あの交差点が見えてきた。私ははっとした。奏斗に恋愛の話を振ることはかなりためらわれたが、今日で最後だと思うと勇気がわずかに湧いた。

「この交差点、覚えてる?」

「忘れるわけないじゃん、覚えてるよ」

 前を見据えたまま、奏斗は言う。この会話をしている間にもどんどん交差点が、別れが、近づいてくる。だけど足を止めることはできず、これまでの奏斗の笑顔や思い出やぬくもりが走馬灯のように蘇ってくるのに耐えることしかできない。ここで別れたら、奏斗にこれ以降会うことはできるのだろうか。再び奏斗の隣にいることは果たして叶うのだろうか。そんなことを考えながら歩いていた道はあまりにも短すぎた。一瞬にして交差点にたどり着いてしまい、すぐさま奏斗の家の方向の信号が変わった。

「じゃあね」

 奏斗は小さく手を振ってすぐ目を逸らし、歩き出した。奏斗の背中がどんどん遠ざかっていく。

「待って!」

 耐えられなくなった私は叫んでいた。

「ずっとずっと、好きでした!」

 流れてくる涙は、吹き付ける雨風に一瞬としてさらわれる。これからも頑張れ、応援してる、大好き、離れたくない……言いたいことはたくさんあるのに、言葉がうまく出ない。俯いたままいると、横断歩道の向こう側から奏斗の声が聞こえてきた。

「俺も、萌花のこと大好きだったから!」

 はっと私は顔を上げる。でもその瞬間、奏斗はきまりが悪そうに後ろを向いてしまい、結局表情を見ることはできなかった。奏斗の黒い傘がだんだん小さくなるのをずっと目に焼き付けていた。

 誰かの気持ちは絶対に私を強くする。それが、たとえ過去形でも。もう手に入らないものであったとしても。

 私は涙を拭いて、青信号に向かって歩き出した。降りしきっていた雨はもう止んでいて、見上げると茜色の空が広がっていた。

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遠ざかる思い出と君の背中 潮珱夕凪 @Yu_na__Saltpearl

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