カフェデート

 今もあの時と同じ、地面に足がつかない時のような不安を感じる。今度こそ決定的に関係が崩れてしまうのではないか、と肌で感じながら奏斗の後を追う。

 今日のデートの内容は、カフェで食事をすること、以上。お互い暇な大学生なはずだから、こんな地元デートプランがギリギリまかり通っているのだろう。今の私と奏斗の関係は、終盤のジェンガみたいだった。今にでも終わってしまうような残酷さが私たちをいつも取り巻いていた。

 ちりん。

 奏斗はカフェのドアを開けた。すると、取り付けてある鈴が、外の景色とは似ても似つかない乾いた音を響かせる。

「いらっしゃいませ~二名様ですか?」

 出てきた店員さんは、ブロンドのインナーカラーをしていて、チラリ、と見えた爪が穏やかなベージュ色をしていた。

 奏斗はうなずき、私たちは席に案内された。こじんまりとした、クリームと白が基調のカフェの中を進んでいく。この寒さで客足は少なく、店内には私たち以外に二組しかいなかった。

 案内された席は窓際だった。窓越しの景色を見るだけで体が外にいた時のように冷えていくのが分かる。席に着くとすぐ、奏斗はメニューを手に取る。

 ――少し雑談してからでもいいのに

 そう思ってしまったが、これは奏斗なりの「拒絶」だということをすぐさま自覚した。いつ、自分の気持ちを言い出せば良いのかな、ということを考える。でも埒が明かなくて、奏斗が見ているさかさまのメニューを覗き込んで、解読し始めた。

「俺、決めたわ。メロンソーダ」

「私は白桃パンケーキにする」

 奏斗は店員さんを呼んで、私の分もまとめて注文した。そういう所は英語部の時から変わらないな、と思って奏斗の横顔を見つめていた。その横顔を見るだけで、私は今にもこの気持ちを全て打ち明けてしまいたくなるような衝動に駆られてしまう。それが少しだけ悔しかった。

 店員さんが去った後、私は勇気を振り絞って、まずは話を振った。

「奏斗って今何やってるの?」

「大学でロボットの研究。結構忙しい。そっちは?」

「私はっ……教育学!将来、小学校の先生になりたいから」

「いいじゃん」

 会話が止まる。気まずい沈黙が流れる。奏斗はスマホを取り出して触り始め、私はやりきれない気持ちになる。

 ――このまま好意を伝えても玉砕しかしないじゃん

 机の下で、握りこぶしを震わせてしまっている。こんなこと、最初から分かり切っていた。まだ好きなのは私だけだ、ということ。奏斗はもうずっと先の未来を見据えていること。そこにいるのは、少なくとも私じゃないっていうこと。予め分かっていたことでも、現実的に直面するとかなり胸が苦しくなってしまう。

 渋い面持ちで座っていると、心にかかった霧をやや晴らすように、注文した料理が運ばれてきた。

「お待たせしました~白桃パンケーキのお客様?」

 俯いたまま、震える声ではい、と言い手を挙げる。続いて奏斗のメロンソーダが机に置かれる。店員さんのごゆっくり、という声は、もはや私の耳には届かなかった。奏斗が飲んでいるメロンソーダの、生き物の心地がしない人工的な緑が目に入ってくる。昔は「一口ちょうだい!」なんて言えたんだろうな。そう考えると余計に虚しくなってきた。震えた手で切ったパンケーキは断面がいびつで、こぼれてきた涙を口に立こんだ時に帯びて、ただしょっぱかった。甘くなんて、なかった。奏斗はそんな私をちらっと見て、目を逸らす。私はロボットのように無言でパンケーキを口内に入れ続けた。もう、どうなってもいい。自暴自棄になりかけ、「あのさ」と言いかけたその時だった。

「あのさ」

 奏斗が先手を打ってきた。飲みかけのメロンソーダをストローでかき混ぜながら。

「俺さ、来月海外に行くんだ。研究が認められて、『呼ばれた』みたいな感じで」

「そう……なんだ」

 それは、私の告白を封じる手段だったのかもしれない。たぶん、奏斗のことだから私の気持ちなんて最初から気づいていた。デートを断り続けていて、それなのに今日約束してくれたのは、これで最後だったからだ。今気づいたのが我ながら虚しい。

「おめでとう」

 口から言葉が抜けていくままに私は唱えた。

「ありがとう」

 そう言って、奏斗は残りのメロンソーダを一気に飲み干した。グラスにまだらに付いている、バニラアイスのかすがやけに汚らしかった。その時初めてこの恋が終わったことを自覚した。

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